2025年のサイバー攻撃はここまで巧妙化している
現役CSIRTメンバーとして、また元フォレンジックアナリストとして、2025年に入ってからのサイバー攻撃の巧妙化には正直驚かされています。最近のSilobreakerレポートから見えてくる攻撃手法は、従来の対策では太刀打ちできないレベルまで進化しています。
今回は実際の事例を元に、個人から中小企業まで今すぐ実践できる対策をお伝えしていきます。フォレンジック調査の現場で見てきた「被害に遭った後では遅い」実例も交えながら、分かりやすく解説していきますね。
実例から見る最新サイバー攻撃の手口
0bj3ctivityStealer:巧妙すぎるフィッシング攻撃
Trellixの研究チームが発見したこの攻撃は、従来のフィッシングメールとは一線を画す巧妙さです。「見積りオファー」という件名で、一見すると普通のビジネスメールに見えますが、その裏には恐ろしい仕組みが隠されています。
攻撃の流れ:
- 低画質の偽注文書画像を添付したメールが届く
- 画像をクリックするとMediaFireクラウドサービスに誘導
- JavaScriptが難読化されたPowerShellスクリプトを実行
- ステガノグラフィー技術で隠蔽されたマルウェアがJPG画像からダウンロード
- Chrome、Edge、Firefoxのブラウザデータや暗号資産情報を窃取
私がフォレンジック調査を行った某製造業での実例では、この手法により経理担当者のPCが感染し、取引先との機密情報や銀行口座情報が漏洩してしまいました。被害額は数百万円に上り、取引先からの信頼回復には1年以上を要しました。
CargoTalon作戦:国家レベルの標的型攻撃
ロシアの航空宇宙・防衛部門を狙ったこの攻撃は、国家が関与する高度な手法の典型例です。特に注目すべきは、軍の採用担当者という「人」を狙った心理的アプローチです。
攻撃の特徴:
- 特定企業の職員を綿密に調査した上でのスピアフィッシング
- 多段階の攻撃チェーンによる検知回避
- おとりのポップアップで被害者を欺く心理戦
- DLLとLNKファイルを組み合わせた複雑な感染経路
BEC(ビジネスメール詐欺)の新たな進化
KrebsOnSecurityが報告した運輸・航空業界を狙った攻撃は、従来のBECをさらに進化させたものです。攻撃者は単に偽のメールを送るだけでなく、実際に標的企業の受信トレイから過去のやり取りを盗み出し、それを悪用して顧客やパートナーを騙しています。
私が調査した実際のBEC被害事例
昨年調査を担当した中小の貿易会社では、まさにこの手法による被害が発生しました:
- 経営陣のメールアカウントが乗っ取られる
- 過去の取引履歴から海外取引先との請求書のやり取りを分析
- 偽装ドメインを使って「振込先変更」のメールを送信
- 取引先が新しい口座に代金を振り込み
- 被害額:約800万円
この事件で最も衝撃的だったのは、攻撃者が過去のメールの文体や取引の詳細まで完璧に把握していたことです。取引先も「いつものやり取り」だと思い込んでしまい、確認を怠ってしまったのです。
地政学的緊張とサイバー攻撃の関係
「Dropping Elephant」によるトルコ軍事請負業者への攻撃は、地政学的な緊張がサイバー空間に直接影響する典型例です。インド・パキスタン間の軍事的緊張の高まりと攻撃のタイミングが一致しているのは偶然ではありません。
企業が注意すべきポイント
- 自社のビジネスが国際的な政治情勢に関連していないか確認
- 特定の国や地域との取引がある場合は、追加のセキュリティ対策を検討
- 業界イベントや展示会の前後は特に警戒が必要
通信インフラを狙う高度な攻撃
Palo Alto Unit 42が報告したCL-STA-0969の活動は、通信インフラという社会の基盤を狙った極めて深刻な攻撃です。この攻撃では:
- SSHブルートフォース攻撃による初期侵入
- 複数のバックドアによる永続的なアクセス確保
- ネットワークスキャンとパケットキャプチャによる情報収集
- ファイアウォールやIDSの回避技術
通信事業者への攻撃は、その下流にある多くの企業や個人に影響を与える可能性があります。実際、私が関わった事例では、通信事業者のセキュリティ侵害により、数十社の顧客企業で同時にデータ漏洩が発生しました。
個人・中小企業が今すぐ実践すべき対策
1. 多層防御の構築
サイバー攻撃の巧妙化に対抗するには、単一の対策ではなく多層防御が不可欠です:
- エンドポイント保護: 最新のアンチウイルスソフト
で未知の脅威も検知
- ネットワーク保護: 通信の暗号化と監視
- メールセキュリティ: フィッシングメールの自動検知・隔離
2. ゼロトラストの考え方
「社内だから安全」という考えは過去のものです。すべてのアクセスを検証し、最小限の権限のみを付与する「ゼロトラスト」モデルが重要です。
3. 定期的な脆弱性診断
攻撃者は常に新しい脆弱性を探しています。企業のWebサイトやシステムに潜む脆弱性を定期的にチェックするWebサイト脆弱性診断サービス
の活用を強く推奨します。
4. 通信の保護
リモートワークが当たり前になった今、公衆Wi-Fiなどの安全でないネットワークを使用する機会が増えています。VPN
により通信を暗号化し、中間者攻撃などから身を守ることが重要です。
フォレンジック調査から見えた「被害を最小化する」ポイント
早期発見の重要性
私の経験上、サイバー攻撃の被害額は発見までの時間に比例します。ある中小企業では、攻撃から発見まで3か月かかり、その間に顧客データベース全体が漏洩してしまいました。
早期発見のための監視ポイント:
- 通常と異なるネットワークトラフィック
- 権限のないファイルアクセス
- システムの異常な動作や遅延
- 不審なログイン試行
インシデント対応計画の策定
「まさか自分の会社が」と思っている間に攻撃は進行します。事前に以下を準備しておくことで、被害を最小限に抑えられます:
- インシデント発生時の連絡体制
- システム隔離の手順
- データバックアップからの復旧手順
- 関係者への通知テンプレート
2025年のサイバーセキュリティトレンド予測
フォレンジック調査の現場で感じている今後の動向をお伝えします:
AI技術の悪用拡大
攻撃者もAIを活用し始めています。特に:
- より巧妙なフィッシングメールの自動生成
- 標的企業の従業員の行動パターン分析
- セキュリティ対策の盲点を突く攻撃手法の開発
クラウドサービスを悪用した攻撃
正規のクラウドサービスを悪用した攻撃が増加しています。MediaFireやTelegramなど、日常的に使われるサービスが攻撃の踏み台にされるケースが多発しています。
サプライチェーン攻撃の深刻化
直接的な攻撃が困難な大企業に対し、取引先やサービスプロバイダーを経由した間接的な攻撃が増加しています。
まとめ:今こそ行動を起こすべき時
2025年のサイバー攻撃事例を見ると、従来の「大企業だけが狙われる」という認識は完全に間違いであることが分かります。個人情報、取引先情報、技術情報など、あらゆる企業が価値ある情報を持っており、攻撃者にとっては立派なターゲットなのです。
フォレンジックアナリストとして多くの被害現場を見てきた経験から言えることは、「対策は早ければ早いほど良い」ということです。攻撃を受けてからでは、技術的な復旧だけでなく、顧客や取引先からの信頼回復に膨大な時間とコストがかかります。
今すぐ実践できること:
- 従業員のセキュリティ意識向上研修の実施
- 不審なメールを見分ける訓練
- 定期的なパスワード更新とMFA(多要素認証)の導入
- 重要データの定期バックアップ
- セキュリティツールの導入検討
サイバーセキュリティは「コスト」ではなく「投資」です。今日の対策が、明日の事業継続を守ることを忘れないでください。