医療機関を狙うサイバー攻撃の深刻な実態
私がフォレンジックアナリストとして多くの医療機関のインシデント対応に関わってきた中で、最も印象的だったのは光州のある病院で発生したランサムウェア攻撃です。
朝、病院スタッフが電子カルテシステムにログインしようとすると、画面には「Your files have been encrypted」という恐ろしいメッセージが表示されていました。診療記録、検査結果、予約システム – すべてが暗号化され、完全に使用不能状態に陥っていたのです。
この事例は決して珍しいものではありません。実際、韓国では過去5年間で医療機関を標的とした侵害事故が200件以上発生し、昨年上半期だけで68件もの被害が報告されています。これは2020年比で実に3.7倍もの増加です。
なぜ医療機関が狙われるのか?
サイバー犯罪者が医療機関を標的にする理由は明確です:
- 高価値データの宝庫:患者の個人情報、医療記録、保険情報など
- セキュリティ対策の脆弱性:予算と人材不足による防御力の低さ
- 緊急性の高さ:診療停止による影響で身代金支払いの可能性が高い
- レガシーシステム:古いOSや未更新ソフトウェアの多用
特に注目すべきは、全体事故の80%が個人医院や中小病院で発生している点です。大規模な総合病院と比べて、セキュリティ投資が困難な医療機関が主要ターゲットとなっているのが現状です。
実際のサイバー攻撃事例から学ぶ教訓
事例1:大田の病院 – 20万人の個人情報流出
私が調査に関わった大田のある病院では、ホームページの脆弱性を突かれ、会員20万人分の個人情報が流出しました。攻撃者は以下の情報を盗み出していました:
- 氏名・生年月日
- ログインID・パスワード
- メールアドレス・電話番号
フォレンジック調査の結果、WordPressの古いプラグインに存在したSQLインジェクション脆弱性が侵入経路でした。たった一つの更新を怠ったプラグインが、20万人の個人情報流出という甚大な被害を招いたのです。
事例2:光州の病院 – ランサムウェアによる診療停止
今年6月に発生した光州の病院のランサムウェア攻撃では、電算網が完全に麻痺し、診療業務に深刻な支障をきたしました。
攻撃の流れは以下の通りでした:
- フィッシングメールによる初期侵入
- 権限昇格とネットワーク内での横移動
- 重要ファイルの暗号化
- 診療システム完全停止
この事例から分かるのは、医療機関では診療の継続性が何より重要であり、システム停止は患者の生命に直結する可能性があるということです。
個人情報保護自律点検の重要性と対応策
医療機関には法的義務として「個人情報保護自律点検」への対応が求められています。これは大韓医師協会と大韓病院協会が実施する点検で、未対応の場合は行政安全部による現場点検の対象となり、基準未達時には過料などの法的リスクが発生します。
自律点検の主要チェックポイント
- 暗号化措置:患者データの適切な暗号化
- 접근統制:システムへのアクセス管理
- 事故対応体系:インシデント発生時の対応手順
- 教育・訓練:職員のセキュリティ意識向上
中小医療機関でも実現可能なセキュリティ対策
「予算も人材も限られているから、セキュリティ対策なんて無理」と諦める前に、現実的に実施可能な対策から始めることが重要です。
基本的なセキュリティ強化策
1. エンドポイントセキュリティの導入
すべてのPCに高品質なアンチウイルスソフト
を導入することは、最も基本的かつ効果的な対策です。最新の脅威情報に基づいたリアルタイム保護機能により、マルウェアやランサムウェアの侵入を防ぐことができます。
2. ネットワークセキュリティの強化
外部からの不正アクセスを防ぐため、信頼できるVPN
サービスの導入も検討すべきです。特に在宅勤務やモバイル診療が増加する中、安全な通信経路の確保は必須となっています。
3. Webサイトセキュリティ対策
病院のホームページは患者との重要な接点であり、同時に攻撃者の標的にもなりやすい場所です。定期的なWebサイト脆弱性診断サービス
により、脆弱性を事前に発見し、対処することで大規模な情報流出を防ぐことができます。
購読型セキュリティサービスの活用
最近注目されているのが「サイバーガード」のような購読型セキュリティサービスです。このようなサービスの利点は以下の通りです:
- 初期投資不要:大規模な設備投資なしで導入可能
- 月額制の合理的な費用:PC1台あたり月1万ウォン程度
- 既存システムとの互換性:診療システムの変更不要
- 専門家サポート:セキュリティ専門人材の不足を補完
フォレンジック専門家が推奨する実践的対策
私がこれまでの経験から特に重要だと考える対策をご紹介します:
1. 従業員教育の徹底
技術的な対策だけでは限界があります。フィッシングメールの見分け方、安全なパスワード管理、USBメモリの適切な取り扱いなど、日常業務に直結した教育が不可欠です。
2. バックアップ戦略の構築
ランサムウェア攻撃を受けても診療を継続できるよう、重要データの定期的なバックアップと復旧手順の確立が重要です。3-2-1ルール(3つのコピー、2つの異なる媒体、1つはオフサイト)を推奨します。
3. インシデント対応計画の策定
攻撃を受けた際の対応手順を事前に定めておくことで、被害を最小限に抑えることができます。連絡先リスト、対応フローチャート、外部専門機関との連携体制の整備が必要です。
費用対効果を考慮した現実的なアプローチ
限られた予算の中で効果的なセキュリティ対策を実施するには、優先順位付けが重要です:
第1段階:基本セキュリティの確立
- 高性能なアンチウイルスソフト
の全端末への導入
- OS・ソフトウェアの定期更新
- 強固なパスワードポリシーの策定
第2段階:外部脅威への対応
- 信頼性の高いVPN
サービスの導入
- ファイアウォールの適切な設定
- 不要なサービス・ポートの無効化
第3段階:包括的セキュリティの構築
- 定期的なWebサイト脆弱性診断サービス
の実施
- ログ監視システムの導入
- セキュリティインシデント対応体制の強化
まとめ:患者の信頼を守るセキュリティ投資
医療機関にとってセキュリティ対策は、もはやオプションではなく必須の投資です。患者の個人情報を守ることは、医療機関の社会的責任であり、同時に経営の継続性を確保する重要な要素でもあります。
サイバー攻撃による被害は、情報流出による信頼失墜だけでなく、診療停止による収益損失、法的責任による賠償問題まで広範囲に及びます。事前の対策投資は、これらのリスクを大幅に軽減する確実な方法なのです。
特に中小規模の医療機関では、購読型セキュリティサービスのような合理的なソリューションを活用することで、限られた予算内でも効果的なセキュリティ環境を構築できます。
患者の命を預かる医療従事者の皆様には、ぜひセキュリティ対策についても真剣にご検討いただきたいと思います。技術的な不安や予算的な制約がある場合は、専門家への相談から始めることをお勧めします。