primeNumber社の個人情報漏洩事件の概要
2025年9月、クラウドETL「TROCCO」やAIデータ基盤「COMETA」を提供する株式会社primeNumberで、Web広告運用における深刻な個人情報漏洩事件が発生しました。
この事件は、私たちCSIRTメンバーが日頃から企業に警鐘を鳴らしている「運用ミスによる情報漏洩」の典型例です。今回は現場で数々のインシデント対応を行ってきた視点から、この事件の詳細と対策について解説していきます。
事件の詳細データ
- 漏洩期間: 2025年9月2日14時20分〜9月4日7時30分(約41時間)
- 影響件数: 267件の個人情報
- 漏洩情報: 会社名・氏名・職種・メールアドレス・電話番号・アンケート回答
- アクセス者: 最大3名によるアクセスの可能性
- 発覚経緯: 外部からの指摘
私が過去に対応した同様のケースでは、外部からの指摘がなければ数週間〜数ヶ月間気づかずに公開し続けていた事例も多数ありました。今回は比較的早期に発覚したケースと言えるでしょう。
事件の技術的背景と原因分析
「リンクの粒度」ミスが引き起こした災害
今回の事件の核心は、Web広告に掲載すべき「個別ファイルのリンク」ではなく、個人情報を含む「親フォルダのリンク」を誤って設定したことです。
これは私がフォレンジック調査で頻繁に見る典型的なパターンです。特に以下のような状況で発生しやすい傾向があります:
- 急いで広告を出稿する必要があった
- 非エンジニア部門が単独でクラウドサービスを操作した
- 共有リンクの生成時にダブルチェック体制がなかった
- クラウドストレージの権限設定が適切でなかった
クラウド時代特有のリスク
総務省の令和5年通信利用動向調査によると、77%の企業がクラウドサービスを利用していますが、この普及がもたらしたのは利便性だけではありません。
私たちが対応するインシデントの約6割が、このようなクラウドサービスの不適切な運用に起因しています。特に以下のケースが急増中です:
- 共有リンクの設定ミス
- アクセス権限の過剰付与
- 一時的な共有が恒久化されるリスク
- 部門横断での情報共有時の権限管理不備
現役CSIRTが見る企業の脆弱性
中小企業でよく見る危険パターン
私が実際に調査した中小企業のケースでは、以下のような状況が散見されます:
ケース1: 製造業A社(従業員50名)
営業資料をクラウドで共有する際、「とりあえず全員がアクセスできるように」とフォルダ全体を公開設定にしていた。結果、顧客の機密情報が含まれる契約書類まで外部アクセス可能状態に。
ケース2: サービス業B社(従業員30名)
広告代理店とのやり取りで、顧客リストが入ったフォルダのリンクを誤ってSNS広告に掲載。3日間で推定200回以上のアクセスが発生。
これらのケースに共通するのは、「ITリテラシーの高い専門部署が存在しない」「セキュリティガードレールが機能していない」という点です。
個人でも起こりうるリスク
企業だけの問題ではありません。個人でも以下のような状況で同様のリスクにさらされる可能性があります:
- フリーランスとして顧客資料をクラウドで管理
- 家族写真を共有する際の設定ミス
- 副業関連の書類管理での権限設定ミス
このような個人レベルでのセキュリティ対策として、まずは信頼性の高いアンチウイルスソフト
の導入を強く推奨します。特に、個人情報や機密データを扱う際は、マルウェア感染やフィッシング攻撃からの保護が必須です。
効果的なセキュリティ対策の実装方法
技術的対策の三本柱
今回のようなインシデントを防ぐため、私たちが企業に推奨している対策は以下の通りです:
1. リンク最小権限の原則
- 個別ファイルへの単一リンクのみを配布
- フォルダURLの使用を原則禁止
- ディレクトリ一覧表示機能の無効化
- 定期的なアクセス権限の棚卸し
2. 有効期限・ワンタイム設定
- プリサインドURLの標準化
- 使い切り型URLの活用
- 自動無効化機能の設定
- アクセスログの詳細監視
3. DLP・自動検査システム
- 共有リンク生成時の機密スキャン
- 広告入稿前のURL自動検証
- 異常アクセスパターンの検知
- リアルタイム アラート システム
運用面での対策強化
技術的対策と併せて重要なのが運用面での強化です:
- ダブルチェック体制: 共有リンクの生成・配布前の必須確認
- 教育訓練: 非エンジニア部門向けのセキュリティ研修
- インシデント対応計画: 漏洩発覚時の迅速な対応フロー
- 定期監査: 共有設定の定期的な見直し
個人・中小企業が今すぐできる対策
コストをかけずに実装できる基本対策
すぐに実装すべき対策:
- 共有リンクの見直し
– 現在設定している全ての共有リンクをチェック
– 不要な共有設定の即座削除
– アクセス履歴の確認 - アクセス制限の強化
– パスワード付きリンクの活用
– 有効期限の必須設定
– アクセス可能IP範囲の制限 - 監視体制の構築
– 定期的なアクセスログチェック
– 異常アクセスの早期発見
– 外部監視サービスの活用
特にリモートワークが増加している現在、VPN
の導入は個人・企業問わず必須です。安全でない公衆Wi-Fi経由での機密データアクセスは、今回のような直接的な漏洩以上にリスクが高い場合があります。
中小企業向け実装ロードマップ
第1段階(即座実施):
– 現在の共有設定総点検
– 緊急時対応フローの策定
– 基本的なセキュリティツールの導入
第2段階(1ヶ月以内):
– 従業員向けセキュリティ研修の実施
– ダブルチェック体制の構築
– アクセスログ監視の自動化
第3段階(3ヶ月以内):
– Webサイト脆弱性診断サービス
の実施
– 包括的なセキュリティポリシーの策定
– 定期監査体制の確立
今回の事件から学ぶべき教訓
ヒューマンエラーは必ず発生する前提でシステム設計を
今回のprimeNumber社の事件は、「リンクの粒度ミス」というヒューマンエラーが原因でした。しかし、私たちCSIRTメンバーが常に企業に伝えているのは「ヒューマンエラーは必ず発生する」という前提でのシステム設計の重要性です。
完璧な人間は存在しません。だからこそ、以下の観点が重要になります:
- エラーが発生しても被害を最小化する仕組み
- 早期発見・早期対応ができる監視体制
- 迅速な封じ込めができる技術的措置
- 事後対応での信頼回復プロセス
非エンジニア部門のセキュリティ意識向上が急務
特に重要なのが、広報・マーケティング・営業などの非エンジニア部門でのセキュリティ意識向上です。私が調査した事例では、これらの部門が関与するインシデントが全体の7割以上を占めています。
技術的な専門知識は不要ですが、以下の基本原則は必須です:
- 共有前の一呼吸: 「本当にこの範囲で共有して大丈夫か?」
- 最小権限の原則: 「必要最小限のアクセス権限か?」
- 有効期限の設定: 「いつまで共有が必要か?」
- 確認体制: 「第三者によるチェックはしたか?」
企業が直面する現実的なリスクと対策コスト
情報漏洩の経済的インパクト
私が過去に調査した中小企業での情報漏洩事件の平均的なコストは以下の通りです:
- 直接的コスト: 300万円〜1,500万円(調査・対応・通知費用)
- 機会損失: 500万円〜3,000万円(顧客離れ・新規獲得困難)
- 法的コスト: 200万円〜800万円(損害賠償・法的対応)
- システム改修: 100万円〜500万円(再発防止対策)
一方、事前対策のコストは:
- 基本的なセキュリティツール: 月額5万円〜15万円
- 従業員研修: 年間10万円〜30万円
- 定期監査: 年間20万円〜50万円
- インシデント対応体制: 年間30万円〜100万円
明らかに事前対策の方が圧倒的にコストパフォーマンスが高いことが分かります。
個人でできる現実的な対策
個人や小規模事業者でも、以下の対策で大幅にリスクを軽減できます:
- アンチウイルスソフト
の導入 – 月額数百円から
- VPN
の利用 – 月額1,000円程度
- クラウドストレージの設定見直し – 無料
- 定期的なアクセス権限チェック – 無料
- パスワード管理ツールの導入 – 月額数百円
まとめ:今すぐ行動を開始しよう
今回のprimeNumber社の事件は、現代のクラウド時代において誰にでも起こりうるリスクを浮き彫りにしました。特に重要なポイントは以下の通りです:
- ヒューマンエラーは必ず発生する前提でのシステム設計
- 非エンジニア部門でのセキュリティ意識向上
- 技術的対策と運用面対策の両輪での推進
- 早期発見・早期対応体制の構築
- 定期的な見直しと改善の継続
私たちCSIRTメンバーとして、この事件を「他人事」として捉えるのではなく、自社・自分自身のセキュリティ体制を見直すきっかけとしていただきたいと思います。
完璧なセキュリティは存在しませんが、適切な対策により被害を大幅に軽減することは可能です。まずは今日から、できることから始めてみてください。
あなたの大切な情報、そして顧客の信頼を守るために、今すぐ行動を開始しましょう。