韓国で相次ぐ大規模サイバー攻撃を受け、政府が本格的な対策強化に乗り出しました。KT無断小額決済事件、ロッテカード個人情報流出事件など、国民生活に直結する深刻な事態を受けての緊急対応です。
現役CSIRTとして数々のサイバーインシデントを対応してきた私の視点から、今回の政府対応の意味と、個人・企業が今すぐ取るべき対策について詳しく解説します。
韓国政府の緊急対応:職権調査権限の大幅拡大
金民錫首相は「国民に対する重大な脅威」として今回の事態を位置づけ、情報保護体系の全面再整備を表明しました。
従来の調査体制の限界
これまでの韓国では、企業や機関が自主的に申告した場合のみ調査が可能でした。この制度の問題点は明らかで:
- 初期対応の遅れが常態化
- 企業による隠蔽や事実の縮小が頻発
- 被害拡大の防止が困難
フォレンジックアナリストとしての経験上、インシデント発生後の「最初の72時間」が被害拡大防止の鍵となります。企業の自主申告を待っていては、既に証拠隠滅や被害拡大が進行してしまうのが現実です。
新たな調査体制:「侵害事故調査審議委員会」設置
改正される情報通信網法では:
- ハッキング状況を把握した段階で職権調査が可能
- 専門家による審議を経た重大事案への迅速対応
- 個人情報保護法の職権調査条項を参考とした実効性確保
企業への制裁強化:課徴金制度の抜本的見直し
現行制度の限界と改正内容
現在の韓国では、企業が故意に顧客情報を漏洩した場合のみ売上高の最大3%(ロッテカードの場合最大910億ウォン)の課徴金が可能でした。
しかし「故意性」の立証は極めて困難で、セキュリティ不備による情報流出の場合は50億ウォン以下の課徴金しか科せられませんでした。
改正により:
- 故意性条項の削除
- 懲罰的課徴金制度の導入
- セキュリティ不備に対する実効性のある制裁
日本企業への教訓
私が対応した日本の中小企業のケースでは、セキュリティ投資を怠った結果:
- ランサムウェア攻撃で3日間業務停止
- 復旧費用だけで2000万円
- 顧客情報流出による信頼失墜
- 損害賠償請求で経営危機に
このような事態を避けるためには、予防的なセキュリティ投資が不可欠です。
深刻化する金融圏サイバー攻撃の実態
過去10年間の被害状況
韓国金融監督院のデータによると:
- 電子金融事故:2889件発生
- 総被害額:871億ウォン
- 事故件数:2015年232件→2024年401件
- 2025年は統計開始以来最悪の予測
業種別被害額:
- 銀行:432億ウォン
- 金融投資:375億ウォン
- 保険:40億ウォン
- カード:19億ウォン
- 貯蓄銀行:5億ウォン
KT事件の新展開:ログバックアップから真相究明へ
一時は廃棄されたと思われたサーバーログが、バックアップとして発見されました。米国セキュリティ誌「Frack」の報道で明らかになった「rc.kt.co.kr」での認証書・個人キー流出疑惑の真相究明が可能になりました。
個人・企業が今すぐ実践すべき対策
個人向け対策
1. アンチウイルスソフト の導入
フィッシング攻撃や不正アクセスから個人情報を守る最前線の防御です。特に:
- リアルタイム脅威検知機能
- フィッシングサイトブロック
- 個人情報保護機能
2. VPN の活用
公衆Wi-Fi利用時の通信暗号化は必須です:
- 金融取引時の通信保護
- 個人情報入力時の暗号化
- 海外サーバー経由でのプライバシー保護
企業向け対策
1. Webサイト脆弱性診断サービス の実施
Webサイトの脆弱性は攻撃者の主要な侵入経路です。定期的な診断で:
- SQLインジェクション脆弱性の発見
- XSS攻撃対策の確認
- サーバー設定の問題点洗い出し
2. インシデント対応体制の構築
私の経験では、事前の準備がない企業は:
- 初動対応で72時間以上浪費
- 証拠保全に失敗
- 被害拡大を防げない
今後の展望:AI・量子コンピューティング時代への対応
韓国政府は新技術環境変化に対応するセキュリティ投資拡大も表明しました。
量子コンピューティングの脅威
従来の暗号化技術が無力化される可能性があり:
- 現行のRSA暗号の破綻リスク
- ポスト量子暗号への移行準備
- 量子耐性セキュリティの研究開発
AI活用攻撃の高度化
攻撃者もAIを悪用し:
- 高度なフィッシング攻撃
- ディープフェイクによる詐欺
- 自動化された標的型攻撃
まとめ:予防投資の重要性
韓国政府の対応は、サイバー攻撃が国家レベルの脅威であることを明確に示しています。日本でも同様の動きが予想される中、個人・企業とも事後対応ではなく予防投資が重要です。
特に中小企業では「うちは狙われない」という認識が危険です。攻撃者は無差別に脆弱な標的を探しており、規模の大小は関係ありません。
現役CSIRTとして断言しますが、サイバー攻撃は「もし」ではなく「いつ」の問題です。今すぐできる対策から始めることをお勧めします。