製造業が今最も危険にさらされている理由
2025年に入り、製造業を狙ったサイバー攻撃が過去最悪のレベルに達しています。現役フォレンジックアナリストとして数多くのインシデント対応に携わってきた経験から言えば、今の製造業が置かれた状況は正直かなり深刻です。
攻撃者たちの手口は巧妙化の一途をたどっており、もはや単純な暗号化による「身代金要求」の時代は終わりました。現在主流となっているのは、二重・三重の恐喝手法です。
具体的には、まず工場の生産システムを暗号化して操業を停止させ、同時に設計図やBOM(部品表)、取引先との契約条件、品質データといった機微な情報を大量に窃取します。そして「身代金を支払わなければこれらの情報をダークウェブで公開する」と脅迫するのです。
実際の被害事例:中堅自動車部品メーカーのケース
私が昨年対応した事例をご紹介します。従業員約500名の自動車部品メーカーが、深夜の時間帯にランサムウェア攻撃を受けました。
攻撃者は約2週間にわたってネットワーク内に潜伏し、製造ラインの制御システム(OT)と基幹システム(IT)の両方に侵入していました。金曜日の深夜、すべてのサーバーが同時に暗号化され、月曜日の生産開始ができなくなったのです。
さらに深刻だったのは、主要取引先である大手自動車メーカーとの契約条件、新型車両の部品設計図、品質管理データなど約50GBのデータが窃取されていたことでした。攻撃者は「72時間以内に身代金を支払わなければ、これらの情報をすべて公開する」と脅迫してきました。
結果として、この企業は1週間の生産停止、復旧費用約2億円、取引先への損害賠償など、総額5億円を超える被害を受けました。
2025年の攻撃トレンド:なぜ製造業が狙われるのか
1. 価値の高い知的財産
製造業は特許、設計図、製造ノウハウなど、競合他社や海外の企業にとって非常に価値の高い情報を保有しています。これらの情報は闇市場で高額取引されるため、攻撃者にとって格好の標的となっています。
2. 複雑なサプライチェーン
現代の製造業は、数百から数千の取引先と複雑なサプライチェーンを形成しています。攻撃者は、セキュリティの弱い中小の取引先から侵入し、メインターゲットである大手製造業まで横展開する手法を多用しています。
3. レガシーシステムの存在
製造業では、数十年前から稼働している古いシステムが現在でも使用されているケースが多く見られます。これらのシステムは最新のセキュリティ対策が適用されていないことが多く、攻撃者の侵入口となってしまいます。
4. 24時間365日稼働による制約
製造ラインは基本的に24時間稼働のため、セキュリティパッチの適用やシステムメンテナンスのタイミングが限られています。この制約が、セキュリティホールを放置する原因となっています。
主要な攻撃グループと手口の特徴
LockBit 3.0(ランサムウェア・アズ・ア・サービス)
2025年現在も活動を続ける最も危険な攻撃グループの一つです。製造業を主要ターゲットとしており、侵入から暗号化まで平均3〜5日という短期間で攻撃を完了させます。
Conti後継グループ
解散したContiグループの元メンバーが新たに結成したと考えられる複数のグループが、製造業を狙った攻撃を継続しています。日本企業への攻撃事例も多数確認されています。
APT(Advanced Persistent Threat)グループ
国家背景を持つAPTグループは、長期間にわたって製造業のネットワークに潜伏し、知的財産や機密情報を窃取しています。検知が困難で、被害に気づくまでに数ヶ月から数年かかることも珍しくありません。
フォレンジック調査から見えた攻撃の実態
私がこれまで対応した製造業のインシデントを分析すると、以下のような共通点が見えてきます。
初期侵入経路の8割はメール経由
VPN機器の脆弱性を狙った攻撃も増加していますが、依然として最も多い初期侵入経路は標的型メールです。特に、取引先を装ったメールや、求人応募を装ったメールが多用されています。
権限昇格とラテラルムーブメント
初期侵入後、攻撃者は管理者権限の取得と他システムへの横展開を図ります。製造業の場合、工場ネットワークへの侵入が最終目標となることが多く、OTシステムへの影響は特に深刻です。
データ窃取の高度化
最近の攻撃では、単純にファイルを暗号化するだけでなく、事前に大量のデータを外部サーバーに転送しています。この作業は通常、攻撃の数日から数週間前に実行されるため、早期発見が重要です。
効果的なセキュリティ対策とは
多層防御の構築
製造業において最も重要なのは、単一の対策に依存しない多層防御の構築です。以下の対策を組み合わせることで、攻撃の成功確率を大幅に下げることができます。
1. エンドポイント保護
すべての端末に最新のアンチウイルスソフト
を導入し、リアルタイムでの脅威検知を行います。特に製造業では、Windows以外のOSを使用している場合も多いため、マルチプラットフォーム対応の製品を選択することが重要です。
2. ネットワーク分離
OTネットワークとITネットワークの完全分離は現実的ではないため、適切なセグメンテーションとファイアウォールによる制御を実装します。
3. VPNセキュリティの強化
リモートアクセスの入り口となるVPN
は、製造業にとって特に重要です。多要素認証の実装と併せて、信頼性の高いVPNサービスを選択してください。
Webサイトセキュリティの重要性
製造業の多くは、受発注システムや顧客ポータルなど、業務に直結するWebシステムを運用しています。これらのシステムの脆弱性は、攻撃者の格好の標的となります。
定期的なWebサイト脆弱性診断サービス
により、SQLインジェクションやクロスサイトスクリプティングなどの脆弱性を早期発見し、対策を講じることが重要です。
インシデント対応計画の策定
攻撃を完全に防ぐことは不可能という前提で、被害を最小限に抑えるためのインシデント対応計画を策定しておく必要があります。
- 緊急連絡体制の整備
- システム復旧手順の文書化
- バックアップデータの定期的な検証
- 外部専門機関(CSIRT、フォレンジック会社)との連携
まとめ:今すぐ実行すべき対策
製造業を取り巻くサイバー脅威は、今後さらに深刻化することが予想されます。しかし、適切な対策を講じることで、被害を大幅に軽減することは可能です。
以下の対策を今すぐ実行することをお勧めします:
- 全端末への信頼性の高いアンチウイルスソフト
の導入
- リモートアクセス環境でのVPN
の活用
- Webシステムの定期的なWebサイト脆弱性診断サービス
の実施
- 従業員へのセキュリティ教育の強化
- インシデント対応計画の策定と訓練
サイバー攻撃による被害は、一度発生すると企業の存続に関わる重大な問題となります。「うちは狙われない」という楽観的な考えは今すぐ捨て、現実的な脅威として真剣に対策を講じてください。