信頼される立場の人間による裏切り – 内部脅威の恐怖
2025年10月22日、私たちの社会に衝撃が走りました。大阪府警羽曳野署の警部補が、捜査権限を悪用して金融機関から個人情報を不正取得し、元警察官の行政書士に漏洩していたという事件が発覚したのです。
この事件は、サイバーセキュリティの世界でもっとも対策が困難とされる「内部脅威(インサイダー脅威)」の典型例と言えるでしょう。外部からの攻撃者ではなく、組織内部で権限を持つ人間が、その立場を悪用して情報を不正に取得・漏洩するケースです。
なぜ内部脅威は防ぎにくいのか?
フォレンジックアナリストとしてこれまで多くの情報漏洩事件を調査してきた経験から言えば、内部脅威は以下の理由で特に危険です:
正当なアクセス権限の悪用
今回の事件では、警部補が「事件捜査に必要」という名目で金融機関に書類を示し、正当な手続きを装って情報を取得しました。これは通常のセキュリティシステムでは検知が非常に困難です。
信頼関係の悪用
警察官という職業への社会的信頼を悪用した手口です。金融機関側も、まさか警部補が個人的な目的で情報を取得しているとは想定していなかったでしょう。
痕跡の残しにくさ
正当なアクセス権限を使った情報取得のため、システムログを見ても異常な活動として検知されにくいのが現実です。
個人や中小企業でも起こりうる内部脅威
「うちは大企業じゃないから関係ない」と思われるかもしれませんが、内部脅威は組織の規模に関係なく発生します。私が担当したケースでは:
実際のケース例
- 小規模IT企業での事例:退職予定の従業員が、顧客データベースを競合他社に持ち出し。損害額は数百万円に
- 個人事業主での事例:信頼していたパートナーが、顧客の個人情報を名簿業者に売却
- 家族経営企業での事例:経理担当の親族が、取引先情報を使って詐欺行為に関与
これらの事件に共通するのは、被害者が「まさかあの人が」と信じられない思いをしていることです。
内部脅威から組織を守る実践的対策
1. アクセス制御の強化
最小権限の原則を徹底し、必要最小限の情報のみにアクセス権限を与える。定期的な権限見直しも必須です。
2. 監視・監査体制の構築
システムログの定期的な分析により、異常なアクセスパターンを検知する仕組みを構築。Webサイト脆弱性診断サービス
のような専門サービスの活用も効果的です。
3. 心理的・社会的要因への対策
従業員の不満やストレス、金銭的困窮などが内部脅威の温床となります。定期的な面談や相談窓口の設置が重要です。
4. 技術的対策の導入
- データ損失防止(DLP)ソリューションの導入
- ユーザー行動分析(UBA)システムによる異常検知
- アンチウイルスソフト
による端末の包括的保護 - 機密データの暗号化
テレワーク時代の内部脅威対策
コロナ禍以降、テレワークが普及したことで内部脅威のリスクはさらに高まっています。自宅や外出先での作業では、物理的な監視が困難になるためです。
リモートワーク環境での対策
- VPN
を使用した安全な通信経路の確保 - クラウドベースのアクセス管理システム導入
- 画面録画・操作ログ取得システムの検討
- 定期的なセキュリティ教育の実施
事件発生時の初動対応
もし内部脅威による情報漏洩が疑われる場合、以下の初動対応が重要です:
証拠保全
- 関係者のPC・スマートフォンの即座な保全
- システムログの緊急バックアップ
- メール・チャット履歴の確保
- 監視カメラ映像の保存
被害範囲の特定
デジタルフォレンジック技術を用いて、いつ、誰が、どのような情報にアクセスしたかを詳細に調査します。
経営層に求められる意識改革
今回の警察官による事件は、「信頼している人だから大丈夫」という思い込みがいかに危険かを示しています。経営層には以下の意識改革が必要です:
- 性善説だけに頼らないセキュリティ体制の構築
- 定期的なリスク評価の実施
- 従業員のメンタルヘルスケアへの投資
- セキュリティ投資を「コスト」ではなく「投資」として捉える視点
まとめ:信頼と検証のバランス
内部脅威対策は「Trust but Verify(信頼するが検証する)」の原則が重要です。従業員を信頼しつつも、適切な監視・監査体制を整備することで、組織の情報資産を守ることができます。
今回の事件を教訓に、あなたの組織でも内部脅威対策を見直してみてはいかがでしょうか。小さな投資が、将来の大きなリスクを回避することにつながるはずです。

