こんにちは。現役のフォレンジックアナリストとして、今日は製造業界に衝撃を与える可能性のある新たなサイバー攻撃手法についてお話しします。
2025年10月、米ジョージア工科大学などの研究チームが発表した論文が、製造業界に新たな脅威をもたらしています。なんと、3Dプリンターの動作を撮影したたった1本の動画から、製造物の設計情報を盗み出すことができるというのです。
3Dプリンターの「見た目」から設計データを逆算する恐怖の手法
この攻撃手法は「光学サイドチャネル攻撃」と呼ばれ、従来のサイバーセキュリティの常識を覆すものです。攻撃者は以下の手順で設計情報を盗み出します:
- 監視カメラのハッキング – 工場の遠隔監視カメラを不正アクセスし、3Dプリンターの動作映像を取得
- 映像解析 – プリンターノズルの軌跡と樹脂の押出タイミングを詳細に分析
- AIによる逆算 – 機械学習モデルを使用してGコード(3Dプリンターの制御命令)を復元
- 設計データの再現 – 復元したGコードから元の3Dモデルを再構築
実際の企業でのフォレンジック調査でも、製造業のお客様から「設計情報が流出した可能性がある」という相談が増えています。従来は内部関係者による情報窃取や、ネットワーク侵入による直接的なデータ盗難が主でしたが、今回の手法は全く新しいアプローチです。
驚異の精度90.87% – 実用レベルの複製が可能
研究チームが開発したResNet-50とLSTMを組み合わせた機械学習モデルは、平均90.87%の精度でGコードの復元に成功しました。これは実用レベルの複製を可能にする数値です。
特に注目すべきは実証実験の結果です:
- 南京錠の鍵 – 91.8%の類似度で実際に錠を開けることに成功
- 16歯ギア – 84.4%の類似度で3ギアシステムに完全適合し正常動作
これらの結果は、産業スパイ活動や知的財産の窃取において、この手法が実用的な脅威となることを示しています。
製造業が直面する新たなセキュリティリスク
私が実際に担当したフォレンジック事例では、中小の製造業者が以下のような被害に遭っているケースを数多く見てきました:
事例1:自動車部品メーカーA社の場合
工場の監視カメラがマルウェアに感染し、3ヶ月間にわたって3Dプリンターの製造プロセスが撮影され続けていました。幸い今回の攻撃手法が使われる前に発見されましたが、もし現在このような攻撃を受けていれば、試作品の設計データが丸ごと盗まれていた可能性があります。
事例2:医療機器メーカーB社の場合
海外の競合他社から類似製品が突然リリースされ、調査したところ工場内のIoTデバイスを経由してネットワークに侵入されていることが判明。今回の手法なら、さらに巧妙に設計情報を盗まれていた可能性があります。
企業が今すぐ実装すべき対策
CSIRTでの経験を踏まえ、製造業の皆様に以下の対策を強く推奨します:
1. 監視カメラのセキュリティ強化
- デフォルトパスワードの変更(必須)
- 定期的なファームウェア更新
- ネットワーク分離(製造ネットワークとの切り離し)
- アクセス制御の厳格化
2. 物理的なアクセス制御
- 3Dプリンター設置エリアの立入制限
- スマートフォンやカメラの持込禁止
- 製造プロセス見学の制限
3. ネットワークセキュリティの向上
製造業では特に、工場ネットワークのセキュリティが重要です。アンチウイルスソフト
の導入により、マルウェア感染や不正アクセスを早期発見できます。
また、VPN接続を行う際は信頼性の高いVPN
を使用し、通信の暗号化を確実に行うことが重要です。
4. 定期的な脆弱性診断
製造業のWebシステムやIoTデバイスには多くの脆弱性が潜んでいます。Webサイト脆弱性診断サービス
を定期的に実施し、攻撃の入り口を塞ぐことが不可欠です。
今後予想される攻撃の進化
この攻撃手法は今後さらに進化すると予想されます:
- ドローンによる遠隔撮影 – 工場の窓越しに撮影される可能性
- スマートフォンのカメラ乗っ取り – 見学者や従業員のデバイスを悪用
- AI技術の向上 – より少ない映像情報からの高精度復元
- リアルタイム解析 – 製造と同時進行での設計データ窃取
フォレンジック専門家からのアドバイス
製造業のお客様には、以下の点を特に注意していただいています:
- インシデント対応計画の策定 – 設計データ流出を想定したプランの作成
- 定期的なセキュリティ監査 – 第三者による客観的な評価
- 従業員教育の徹底 – 新たな攻撃手法に対する意識向上
- 技術動向の継続的な監視 – 攻撃手法の進化への対応
特に中小企業では、限られたリソースの中でセキュリティ対策を行う必要があります。まずは基本的な対策から始め、段階的にセキュリティレベルを向上させることが現実的です。
まとめ:見えない脅威への備えが急務
3Dプリンターの動画から設計データを盗む攻撃手法は、製造業にとって新たな脅威となります。従来の「データを直接盗む」という発想ではなく、「製造プロセスを観察して逆算する」という全く新しいアプローチです。
この脅威に対抗するためには、従来のサイバーセキュリティ対策に加えて、物理的なセキュリティの見直しも必要です。特に監視カメラのセキュリティ強化と、製造エリアへのアクセス制御が重要になります。
製造業の皆様には、この新たな脅威を真剣に受け止め、今すぐ対策を始めることを強く推奨します。知的財産の保護は企業の競争力維持に直結する重要な課題です。

