福岡県警が鳴らした警鐘:企業の技術情報流出は身近な脅威
2025年10月24日、福岡市博多区で開催された経済安全保障セミナーに約120名の企業関係者が参加しました。このセミナーで福岡県警の住友一仁本部長が述べた言葉は、現在のサイバーセキュリティ情勢の深刻さを如実に表しています。
「対応の遅れや警戒すべき事象の見落としがあってはならない」
これは単なる警察の決意表明ではありません。実際に企業の技術情報流出事件が急増している現状を受けての、緊急度の高いメッセージなのです。
なぜ今、技術情報流出が注目されているのか?
私が過去に対応したインシデント調査でも、企業の機密技術が外部に流出するケースが年々増加しています。特に中小企業では以下のような状況が見受けられます:
- 社内のセキュリティ体制が十分でない
- 従業員のセキュリティ意識が不足している
- 外部からの攻撃手法の巧妙化に対応できていない
- 情報流出後の適切な対処法を知らない
実際のフォレンジック調査では、技術情報が流出する経路として以下のパターンが多く見られます:
1. 内部不正による情報持ち出し
退職予定の従業員が競合他社への転職に際し、設計図や顧客リストを無断で持ち出すケース。USBメモリやクラウドストレージを使った持ち出しが一般的です。
2. 標的型攻撃による侵入
特定の企業を狙った巧妙なフィッシングメールから始まり、社内ネットワークに侵入して機密情報を窃取するパターン。
3. サプライチェーン攻撃
取引先企業のセキュリティの脆弱性を突いて、間接的に標的企業の情報にアクセスする手法。
「情報漏洩の放置が一番危険」の真意
セミナーで経済安全保障のエキスパート伊藤隆氏が強調した「情報が漏洩した場合、放置することが一番危険」という指摘は、まさに核心を突いています。
なぜ放置が危険なのか?フォレンジック調査の現場から見えてくる理由があります:
被害の拡大
最初は小さな情報漏洩でも、放置することで攻撃者がさらに深い部分に侵入し、より重要な情報が盗まれる可能性があります。
法的責任の拡大
個人情報保護法や営業秘密の保護に関する法律では、適切な対処を行わなかった企業に対して厳しい処罰が科せられる場合があります。
信頼失墜
情報漏洩が発覚した際に適切な対処を行っていなかった企業は、顧客や取引先からの信頼を大きく失うことになります。
個人・中小企業ができる具体的な対策
では、実際にどのような対策を取るべきでしょうか?現役CSIRTの立場から、費用対効果の高い対策をご紹介します。
基本的な技術的対策
1. エンドポイントセキュリティの強化
全ての業務端末にアンチウイルスソフト
を導入し、リアルタイムでの脅威検知を行うことが重要です。特に最新のアンチウイルスソフト
は、従来型の攻撃だけでなく、未知の脅威に対する機械学習ベースの検知機能も搭載しています。
2. ネットワークセキュリティ
リモートワークが一般的になった現在、VPN
の利用は必須です。企業の機密情報にアクセスする際は、必ずVPN
経由で接続することで、通信の暗号化と匿名化を実現できます。
3. Webアプリケーションの脆弱性対策
企業のWebサイトやWebアプリケーションは、攻撃者の主要な標的となります。定期的なWebサイト脆弱性診断サービス
の実施により、潜在的な脆弱性を早期発見し、対処することが可能です。
組織的対策
- 従業員向けセキュリティ教育の定期実施
- 情報持ち出しに関するルールの明文化
- アクセス権限の定期見直し
- インシデント対応手順書の策定
技術情報流出事件の実際の被害例
過去に私が関わったフォレンジック調査の中から、匿名化した事例をご紹介します:
ケース1:製造業A社(従業員50名)
退職予定の技術者が設計図面をクラウドストレージに保存して持ち出し。転職先で同様の製品を開発されたため、数億円の損失が発生。適切な退職時のデータ消去処理を怠ったことが原因でした。
ケース2:IT企業B社(従業員20名)
標的型メールによりマルウェアに感染し、顧客データベース全体が暗号化される被害。身代金を支払わずに復旧を試みましたが、完全な復旧には3ヶ月を要し、信頼失墜により複数の大口取引先を失いました。
今すぐ始められる情報流出対策
セミナーの内容を踏まえ、今すぐ実行できる対策をまとめました:
即座に実行すべき項目:
- 全端末へのアンチウイルスソフト
導入 - VPN
を利用したリモートアクセス環境の構築 - 重要ファイルの定期バックアップ体制確立
- 従業員向けフィッシング対策研修の実施
中期的に取り組むべき項目:
- Webサイト脆弱性診断サービス
の定期実施体制構築 - インシデント対応チームの設置
- 情報管理規程の策定・周知
- 外部専門家との連携体制構築
まとめ:経済安全保障は企業の生存戦略
福岡県警が主催したセミナーが示すように、技術情報流出の脅威は現実的かつ身近な問題です。「うちの会社は大丈夫」という油断が、企業の命取りになる時代なのです。
情報流出後の「放置」は最悪の選択肢であり、早期発見・早期対処こそが被害を最小限に抑える鍵となります。
現役CSIRTの経験から言えることは、完璧なセキュリティは存在しないということです。しかし、適切な対策を講じることで、攻撃を未然に防ぎ、万が一の際の被害を大幅に軽減することは可能です。
今こそ、あなたの会社の技術情報を守るための行動を起こす時です。明日ではなく、今日から始めましょう。

