2025年10月19日、オフィス用品大手のアスクルがランサムウェア攻撃を受け、システム全体が停止するという深刻な事態が発生しました。攻撃から10日が経過した現在でも、システムの復旧見通しは全く立っていません。
現役フォレンジックアナリストの私が見る限り、今回のアスクルの事例は、現代企業が直面するサイバーセキュリティリスクの典型例と言えるでしょう。
アスクルを襲ったランサムウェア攻撃の深刻度
10月29日の発表によると、アスクルは医療機関や介護施設など一部の企業向けに、手作業による限定的な出荷を再開しました。しかし、その規模は「本来の出荷規模とは比べものにならないほど少ない」状況で、わずか37品目のみの対応となっています。
これがどれほど深刻な状況かというと、通常アスクルが扱う商品は数十万点に及びます。つまり、企業の基幹システムが完全に機能停止している状態が続いているということです。
ランサムウェア攻撃とは何か
ランサムウェアは「身代金要求型ウイルス」とも呼ばれ、企業のデータを暗号化して使用不能にし、復号化と引き換えに身代金を要求するマルウェアです。
私がこれまでに対応した案件では、以下のような特徴があります:
- 感染すると数時間以内にネットワーク全体に拡散
- バックアップサーバーも標的になる
- 復旧には数週間から数ヶ月かかることも
- 身代金を支払っても復号化される保証はない
企業へのランサムウェア攻撃が急増している背景
近年、企業を狙ったランサムウェア攻撃が急激に増加しています。その理由は明確です:
1. 高い収益性
企業は個人と比べて支払能力が高く、システム停止による損失を避けるために身代金を支払う可能性が高いためです。実際に、某中小企業では3日間のシステム停止で数千万円の損失が発生したケースもあります。
2. 攻撃手法の巧妙化
攻撃者は企業のネットワークに侵入後、数週間から数ヶ月間潜伏し、最も効果的なタイミングで攻撃を仕掛けます。この間に重要データの場所を特定し、バックアップシステムも破壊する準備を整えます。
3. リモートワークの普及
コロナ禍以降、リモートワークが普及したことで、企業ネットワークへの侵入経路が増加しました。特に個人PCのセキュリティが甘い場合、そこから企業ネットワークへの侵入を許してしまうリスクが高まっています。
実際の被害事例から学ぶ教訓
私が担当したある中小企業の事例では、経理担当者が受信したメールの添付ファイルを開いたことがきっかけで、ランサムウェアに感染しました。
この企業では:
- 売上データが全て暗号化され、月次決算ができない状態に
- 顧客管理システムも使用不能となり、営業活動が完全停止
- 復旧作業に2ヶ月を要し、その間の機会損失は数千万円に
特に深刻だったのは、バックアップデータも感染していたため、過去3ヶ月分のデータが完全に失われたことです。
個人でもできる!ランサムウェア対策の基本
企業だけでなく、個人のPCもランサムウェアの標的になります。特に在宅勤務で会社のデータを扱う場合、個人PCのセキュリティが企業全体に影響を与える可能性があります。
1. 信頼できるアンチウイルスソフトの導入
最新のランサムウェアを検知するには、リアルタイム保護機能が充実したアンチウイルスソフト
が不可欠です。無料のソフトでは検知能力に限界があるため、有料版の導入をお勧めします。
2. VPNでの通信暗号化
公衆Wi-Fiや自宅のネットワークを使用する際は、VPN
で通信を暗号化することで、中間者攻撃やデータの盗聴を防げます。
3. 定期的なデータバックアップ
最も重要なのは、オフライン環境でのデータバックアップです。クラウドストレージだけでなく、外付けハードディスクなど物理的に切り離されたメディアへのバックアップを推奨します。
企業が実施すべき包括的なセキュリティ対策
従業員教育の重要性
ランサムウェア攻撃の約70%は、従業員による不注意なメール開封やWebサイトアクセスが原因です。定期的なセキュリティ研修を実施し、最新の攻撃手法について情報共有することが重要です。
ネットワークセグメンテーション
重要なサーバーやデータベースは、一般的な業務用ネットワークから分離することで、感染拡大を防止できます。
脆弱性の定期的なチェック
Webサイトやネットワークの脆弱性を定期的に診断することで、攻撃者の侵入経路を事前に塞ぐことができます。Webサイト脆弱性診断サービス
を活用することで、専門的な診断を受けることが可能です。
アスクル事件が示すBCP(事業継続計画)の重要性
今回のアスクルの事例で特に注目すべきは、システム停止から10日経過しても復旧の見通しが立たないという点です。これは多くの企業にとって「明日は我が身」の現実的な脅威と言えるでしょう。
私が関わった案件では、BCP(事業継続計画)を策定していた企業とそうでない企業で、復旧時間に大きな差が生まれました:
- BCP策定済み企業:平均復旧時間 1-2週間
- BCP未策定企業:平均復旧時間 1-3ヶ月
効果的なBCP策定のポイント
- 重要業務の優先順位付け:どの業務から復旧させるかを明確化
- 代替手段の確保:手作業やアナログでの業務継続方法
- 復旧チームの編成:役割分担と連絡体制の確立
- 定期的な訓練実施:年1-2回のシミュレーション訓練
個人情報の適切な管理も重要
ランサムウェア攻撃では、データの暗号化だけでなく、重要な情報が外部に流出するリスクもあります。特に個人情報や機密データが含まれている場合、法的な責任問題にも発展する可能性があります。
実際に、ある小売企業では顧客の個人情報約10万件が流出し、対応費用だけで数億円の損失が発生した事例もあります。
まとめ:今すぐできる対策から始めよう
アスクルのランサムウェア被害は、現代企業が直面するサイバーセキュリティリスクの深刻さを如実に示しています。システム停止から10日が経過しても復旧の見通しが立たない状況は、どの企業にも起こりうる現実的な脅威です。
重要なのは、「うちは大丈夫」という根拠のない安心感を捨て、今すぐできる対策から始めることです:
- 個人PC・スマートフォンには必ずアンチウイルスソフト
を導入 - 公衆Wi-Fi使用時はVPN
で通信を保護 - 企業サイトの脆弱性はWebサイト脆弱性診断サービス
で定期チェック - 重要データのオフラインバックアップを週1回実施
- 従業員向けセキュリティ研修を月1回開催
サイバーセキュリティは「やって当たり前」の時代になりました。攻撃を受けてからでは手遅れです。今日から、できる対策を一つずつ実行していきましょう。

