2025年6月19日、社会医療法人聖泉会が運営する聖十字病院で発生したサーバーへの不正アクセス事件。この事例は、医療機関がいかにサイバー攻撃の標的になりやすいかを改めて浮き彫りにしました。
現役のフォレンジックアナリストとして、このような事件を数多く調査してきた立場から、今回の事件の分析と、私たち個人や中小企業が学ぶべき教訓をお話しします。
聖十字病院事件の詳細分析
今回の事件では、病院の監視システムが12時30分頃に「異常な通信」を検知したとあります。これは恐らく、攻撃者がサーバーに侵入後、外部のC&Cサーバー(コマンド&コントロールサーバー)との通信を開始したタイミングだと推測されます。
迅速な検知と対応により、現時点では個人情報漏えいは確認されていないとのことですが、これは医療機関としては「奇跡的」と言っても過言ではありません。
医療機関が狙われる理由
私がこれまで調査した医療機関への攻撃事例では、以下のような特徴があります:
機密情報の価値が高い
医療情報は個人情報の中でも特に価値が高く、ダークウェブでは一般的な個人情報の10-50倍の価格で取引されています。
セキュリティ投資の遅れ
医療機関は治療に予算を集中させがちで、IT セキュリティへの投資が後回しになりがちです。
古いシステムの使用
医療機器との連携のため、古いWindowsやレガシーシステムを使用している場合が多く、脆弱性が多数存在します。
実際のフォレンジック調査事例
以前調査した某クリニックでは、受付スタッフが業務用PCで個人的なWebサイトを閲覧し、そこから感染したマルウェアが院内ネットワーク全体に拡散した事例がありました。
感染経路:
1. スタッフが怪しいリンクをクリック
2. ブラウザ経由でマルウェア感染
3. 内部ネットワークの横移動
4. 電子カルテサーバーへの不正アクセス
5. 患者データ3,000件の流出
このケースでは、初期感染から情報流出まで約2週間かかっており、発見が遅れたことで被害が拡大しました。
中小企業でも起こりうる類似攻撃
医療機関だけでなく、中小企業でも同様の攻撃は頻繁に発生しています。特に以下のような業種が標的になりやすいです:
- 士業事務所(弁護士、会計士、税理士等)
- 人材派遣会社
- 製造業(技術情報の窃取目的)
- 教育機関
個人でもできる効果的な対策
1. 信頼できるアンチウイルスソフト の導入
まず基本中の基本として、信頼できるアンチウイルスソフト
を必ず導入しましょう。無料のセキュリティソフトでは、今回のような高度な攻撃は防げません。
特に医療関係者や個人事業主の方は、患者さんや顧客の情報を扱うため、業務レベルのセキュリティが必要です。
2. VPN の活用
外出先からの業務アクセスが多い場合は、VPN
の使用を強く推奨します。公共Wi-Fiでの通信を暗号化し、攻撃者による通信傍受を防ぐことができます。
3. 定期的なシステム更新
OSやソフトウェアのアップデートは、面倒でも必ず実行してください。今回の聖十字病院のケースでも、パッチ未適用の脆弱性が攻撃の起点になった可能性があります。
組織としての対策
従業員教育の重要性
技術的な対策だけでなく、人的セキュリティ対策も重要です。定期的なセキュリティ研修を実施し、フィッシングメールの見分け方や、怪しいリンクをクリックしないよう徹底しましょう。
ネットワーク監視の強化
聖十字病院のように、異常な通信を早期に検知できるシステムの導入を検討してください。完全な防御は困難でも、早期発見により被害を最小限に抑えることが可能です。
インシデント発生時の対応
もし攻撃を受けた疑いがある場合は、以下の対応を迅速に行ってください:
- 該当システムの即座の隔離
- 外部セキュリティ専門家への連絡
- 証拠保全(ログの確保)
- 関係者への報告
- 法執行機関への届出(必要に応じて)
まとめ
今回の聖十字病院の事件は、迅速な検知と対応により大きな被害を免れた良い事例と言えます。しかし、これは他人事ではありません。
個人でも企業でも、適切なセキュリティ対策を講じることで、同様の攻撃から身を守ることができます。特に信頼できるアンチウイルスソフト
とVPN
の組み合わせは、コストパフォーマンスの高い基本的な防御策として強くお勧めします。
サイバー攻撃は年々巧妙化していますが、基本的な対策をしっかりと実施することで、多くの攻撃を防ぐことができます。「うちは大丈夫」という考えは捨て、今すぐにでもセキュリティ対策の見直しを行ってください。