企業が直面するサイバーセキュリティリスクの現実
MS&ADインターリスク総研が2025年8月に実施した「企業のリスクマネジメント実態アンケート」の結果は、現役のフォレンジックアナリストとして非常に興味深いものでした。調査結果を見ると、企業の経営陣がサイバーセキュリティをどう捉えているかが浮き彫りになっています。
調査によると、3~5年後に企業にとって最大の脅威となるリスクとして「サイバーセキュリティ」を挙げた企業は9.5%で3位。一方で、現在関心の高いリスクとしては10.7%で2位にランクインしています。
この数字を見て、「あれ、意外と低いな」と思った方もいるかもしれません。でも実際のCSIRT(Computer Security Incident Response Team)の現場では、日々深刻なサイバー攻撃の対応に追われているのが現実です。
なぜ企業はサイバーセキュリティリスクを軽視しがちなのか
興味深いのは、将来のリスクとしての認識(9.5%)よりも、現在の関心度(10.7%)の方が高いという点です。これは多くの企業が「今は対策しているから大丈夫」と考えている可能性を示しています。
しかし、私がフォレンジック調査を行った実例では、こんなケースがありました:
【実例1:地方の製造業A社のケース】
従業員50名の製造業で、「うちは小さいから狙われない」と考えていた企業が、ランサムウェア攻撃を受けました。攻撃者は大企業への足がかりとして、セキュリティの甘い中小企業を狙い撃ちしていたのです。
【実例2:IT企業B社のケース】
「セキュリティ対策は万全」と考えていた企業でも、リモートワーク環境の脆弱性を突かれ、顧客データが流出。調査の結果、従業員の個人デバイスから侵入されていたことが判明しました。
「人材不足」がサイバーセキュリティリスクを加速させる
調査で1位となった「人的資本・人材確保リスク」(23.9%)は、実はサイバーセキュリティと密接に関連しています。
セキュリティ人材の不足は、以下のような問題を引き起こします:
- インシデント対応の遅れ:攻撃を検知しても適切に対応できる人材がいない
- 脆弱性管理の不備:システムの弱点を特定・修正できる技術者の不足
- 従業員教育の不足:セキュリティ意識向上のための教育体制が整わない
実際に私が調査した案件でも、「セキュリティ担当者が退職してから、後任が見つからずに放置されていた脆弱性から攻撃を受けた」というケースが複数ありました。
中小企業が今すぐできるサイバーセキュリティ対策
調査では約3割の企業がリスクマネジメントの取り組みを「不十分」と感じているとありました。でも安心してください。中小企業でも効果的な対策は可能です。
個人レベルでできる基本対策
まず個人レベルから始めましょう。アンチウイルスソフト
の導入は基本中の基本です。最近のアンチウイルスソフトは、従来のウイルス検知だけでなく、ランサムウェアやフィッシング攻撃からも守ってくれます。
また、リモートワークが増えた今、VPN
の利用も重要です。公衆Wi-Fiを使った業務や、自宅からの社内システムアクセス時のセキュリティを確保できます。
企業レベルでの対策
企業レベルでは、自社のWebサイトやシステムの脆弱性を定期的にチェックすることが重要です。Webサイト脆弱性診断サービス
を活用することで、攻撃者に狙われやすい脆弱性を事前に発見・修正できます。
フォレンジック調査から見える攻撃の傾向
最近のフォレンジック調査で目立つのは、以下のような攻撃パターンです:
1. 段階的な侵入
攻撃者は一度に大きなダメージを与えるのではなく、時間をかけて徐々にシステム内部に侵入します。初期侵入から実際の被害まで数ヶ月かかるケースも珍しくありません。
2. 複数の手法の組み合わせ
フィッシングメールで従業員のアカウントを奪取し、そこからVPNに侵入、最終的にランサムウェアを展開するといった、複合的な攻撃が増加しています。
3. AI技術の悪用
最近では、AIを使ったディープフェイク音声による電話詐欺や、より巧妙なフィッシングメールの作成なども確認されています。
今後の展望:なぜサイバーセキュリティへの投資が急務なのか
調査結果を見ると、企業はサイバーセキュリティリスクを認識はしているものの、優先度がそれほど高くないように見えます。しかし、これは非常に危険な状況だと言わざるを得ません。
理由は以下の通りです:
- 攻撃の高度化:サイバー攻撃は年々巧妙化しており、従来の対策では対応できなくなっている
- 被害額の増大:ランサムウェア攻撃の平均身代金要求額は年々上昇している
- 法的リスクの拡大:個人情報保護法の改正により、データ漏洩時の企業責任が重くなっている
まとめ:バランスの取れたリスクマネジメントを
MS&ADインターリスク総研の調査結果は、企業が人材確保に注力する一方で、サイバーセキュリティへの対策が後回しになっている現状を浮き彫りにしました。
しかし、現実には人材不足とサイバーセキュリティリスクは表裏一体の関係にあります。適切なセキュリティ人材の確保と、技術的な対策の両方が必要です。
まずは基本的な対策から始めて、段階的にセキュリティレベルを向上させていくことが重要です。完璧を目指す必要はありません。攻撃者より一歩先を行く対策を継続的に実施することが、企業を守る最も現実的なアプローチなのです。

