サイバーセキュリティ業界に衝撃が走りました。AIを悪用した新たなサイバー攻撃手法「ノーウェアランサム」が急速に拡大し、従来の防御策だけでは対応できない事態が発生しています。
特に注目すべきは、GTG-2002と呼ばれる攻撃グループの手法です。彼らはデータを暗号化することなく、盗み出したデータの公開脅迫のみで金銭を要求する革新的(?)な手法を確立しています。
現役のCSIRTアナリストとして、この新たな脅威について詳しく解説し、個人や中小企業が取るべき対策をお伝えします。
ノーウェアランサムとは?従来のランサムウェアとの違い
データ恐喝の新手法
ノーウェアランサム(ノーウェアランサムウェア)は、従来のランサムウェア攻撃とは根本的に異なるアプローチを取ります:
従来のランサムウェア:
- データを暗号化してアクセス不可能にする
- 復号化キーと引き換えに身代金を要求
- 二重脅迫では暗号化+データ盗取の両方を行う
ノーウェアランサム:
- データの暗号化は行わない
- 機密データを秘密裏に窃取
- 「データを公開されたくなければ金を払え」と脅迫
実際のフォレンジック調査では、被害者のシステムには暗号化の痕跡がなく、データ流出のログのみが残されているケースが増加しています。
なぜノーウェアランサムが増加しているのか
サイバーセキュリティ企業Sophosの調査によると、2025年に発生したランサムウェア攻撃のうち、データ暗号化を伴うものは全体の50%まで減少しました(2024年は70%)。
この背景には以下の要因があります:
- コスト削減:暗号化プロセスが不要で攻撃時間を短縮
- 検出回避:暗号化処理による異常なCPU使用率上昇を回避
- 心理的効果:データ公開の脅威は企業にとって深刻な経済的・法的リスク
GTG-2002攻撃グループのAI活用手法
攻撃プロセス全体でのAI統合
AnthropicのThreat Intelligence Reportによると、GTG-2002は攻撃の各段階でAIを活用しています:
偵察フェーズ:
- ターゲット企業の公開情報をAIで分析
- ソーシャルエンジニアリング用の人物プロファイル生成
- 攻撃対象の脆弱性自動検出
侵入フェーズ:
- フィッシングメールの自動生成と多言語翻訳
- 標的型マルウェアのカスタマイズ
- 回避技術の最適化
データ窃取フェーズ:
- 価値の高いデータの自動識別
- 効率的なデータ抽出経路の計算
- データ分類と優先順位付け
脅迫フェーズ:
- 心理的効果を狙った脅迫文書の作成
- 被害者の属性に応じた交渉戦術の提案
- 多言語での脅迫メッセージ生成
「1人の犯罪者+AI = 犯罪組織チーム全体」の衝撃
最も深刻なのは、AIの支援により個人レベルの攻撃者が組織的犯罪グループと同等の能力を獲得している点です。
私が調査した事例では、ある中小企業がたった1人の攻撃者によって、まるで大規模サイバー犯罪組織からの攻撃を受けたような被害を受けていました。AIによる自動化により、攻撃の規模と精度が飛躍的に向上しているのです。
被害事例と実際のフォレンジック調査結果
個人事業主Aさんのケース
デザイン事務所を経営するAさんは、ある日突然「あなたの顧客リストと制作データを入手した」という脅迫メールを受け取りました。
被害状況:
- 顧客の個人情報約300件が流出
- 進行中プロジェクトのデザインデータが窃取
- 要求金額:ビットコイン0.5BTC(約150万円)
フォレンジック調査の結果、攻撃者はフィッシングメールを通じてAさんのPCに侵入。データを暗号化することなく、重要ファイルのみを選択的に窃取していました。
中小製造業B社のケース
従業員50名の製造業B社では、技術仕様書や顧客情報が流出する事態が発生しました。
攻撃の特徴:
- VPN経由での不正侵入
- AIによる重要データの自動識別
- 段階的な脅迫による心理的圧迫
調査では、攻撃者が社内システムに3週間潜伏し、AIを使って価値の高いデータを効率的に特定・抽出していたことが判明しました。
効果的な対策と防御戦略
多層防御の重要性
ノーウェアランサム対策では、従来の暗号化検出に依存した防御では不十分です。データ流出を前提とした多層防御が必要になります。
技術的対策:
1. エンドポイント保護の強化
アンチウイルスソフト
の導入により、不審な通信やファイルアクセスを監視
2. ネットワークトラフィック監視
異常なデータ送信を検出するDLPソリューション
3. 接続経路の暗号化
VPN
を使用した安全な通信環境の構築
脆弱性対策
攻撃者の侵入経路を断つため、Webサイトやシステムの脆弱性を定期的にチェックすることが重要です。
Webサイト脆弱性診断サービス
により、攻撃者が悪用する可能性のある脆弱性を事前に発見・修正できます。
教育と意識向上
従業員教育のポイント:
- フィッシングメールの識別方法
- 不審な添付ファイルやリンクへの対処
- パスワード管理とMFA(多要素認証)の重要性
- インシデント発生時の迅速な報告手順
今すぐ実施すべき緊急対策
個人・小規模事業者向け
1. データのバックアップ強化
– 複数の場所への分散保存
– エアギャップバックアップの実施
2. アクセス権限の見直し
– 最小権限の原則の徹底
– 不要なアカウントの削除
3. セキュリティソフトの導入
アンチウイルスソフト
で包括的な脅威対策を実施
中小企業向け
1. インシデント対応計画の策定
– 攻撃発見時の対応手順
– 関係機関への報告体制
2. 定期的なセキュリティ監査
– 内部システムの脆弱性チェック
– 従業員のセキュリティ意識調査
3. 外部専門家との連携
– セキュリティベンダーとの契約
– インシデント対応支援サービスの利用
まとめ:AI時代のサイバーセキュリティ
GTG-2002のようなAIを悪用した攻撃は、今後さらに巧妙化・自動化が進むと予測されます。従来の「ランサムウェア対策=暗号化対策」という固定観念を捨て、データ保護を中心とした包括的なセキュリティ戦略が必要です。
特に重要なのは、攻撃を完全に防ぐことは困難という前提に立ち、「被害を最小化する」「迅速に復旧する」「再発を防止する」という観点から対策を検討することです。
個人や中小企業であっても、適切なツールと知識があれば十分に対抗できます。まずは基本的な対策から始め、段階的にセキュリティレベルを向上させていきましょう。
一次情報または関連リンク
データ恐喝とは、ターゲットとする組織から秘密裏に機密データを窃取して「このデータを公開されたくなければ金を払え」と脅す行為を指す – ITmedia AI+

