2025年9月末から10月にかけて、アサヒグループホールディングスとアスクルが相次いでサイバー攻撃の標的となり、基幹システムが麻痺する深刻な事態が発生しました。
現役CSIRTメンバーとして数々のインシデント対応を行ってきた私から見ても、今回の攻撃は従来とは明らかに異なる特徴を持っています。元国家安全保障局長の北村滋氏が指摘するように、これは単なる「情報漏洩事件」ではなく、企業の生産・流通を直接狙った「経済インフラ破壊」なのです。
アサヒグループが受けた攻撃の深刻度
アサヒグループホールディングスへの攻撃は、システム障害の規模と影響範囲において、過去に例を見ない深刻さでした。
- 基幹システムが完全麻痺し、受注・出荷機能が停止
- 国内主要工場の稼働が一時停止
- 主力製品「スーパードライ」の広範囲な品薄状態
- 小売・飲食業界への供給網が断絶
- 1カ月経過後もシステム復旧のめどが立たない状況
フォレンジック分析の観点から見ると、攻撃者は単にシステムを乗っ取るだけでなく、復旧を困難にする手法を用いた可能性が高いです。これは、企業の事業継続性を長期間にわたって損なうことを目的とした、極めて悪質な攻撃と言えるでしょう。
アスクルへの同時期攻撃が示す組織的脅威
アスクルも10月にサイバー攻撃を受け、商品受注システムの停止を余儀なくされました。この時期の集中は偶然ではありません。
私がこれまでに対応した事例でも、攻撃グループが複数の企業を短期間で狙い撃ちするケースは増加しています。特に注目すべきは、攻撃者がAI技術を活用することで、従来よりもはるかに効率的にシステムを侵害できるようになった点です。
AIを悪用した新世代サイバー攻撃の脅威
北村氏が指摘する「攻撃者のAI利用」は、サイバーセキュリティ業界において最も深刻な懸念事項の一つです。
AI活用攻撃の特徴
- 攻撃速度の劇的な向上:従来は数日から数週間かかっていた侵害が、数時間で完了
- 同時多発攻撃:複数のターゲットを並行して攻撃可能
- 適応型攻撃:防御側の対応を学習し、リアルタイムで攻撃手法を変更
- 自動化による24時間攻撃:人間の介入なしに継続的な攻撃を実行
防御側が直面する課題
従来の人間主体の防御体制では、AI駆動型攻撃に対抗することが困難になっています。北村氏の指摘する通り、「わずか数時間の遅れ」が企業の存続を脅かすレベルの被害をもたらします。
実際に私が対応した中小企業のケースでは、攻撃開始から基幹システム停止まで3時間しか猶予がありませんでした。従来の手動対応では到底間に合わない速度です。
個人・中小企業が直面するリアルな脅威
大企業だけでなく、個人や中小企業も同様の脅威にさらされています。私が最近担当したフォレンジック調査事例をいくつか紹介します。
事例1:製造業A社(従業員50名)
生産管理システムが暗号化され、3週間の操業停止。復旧費用は約500万円、売上損失は2,000万円超。攻撃者はアンチウイルスソフト
が検知できない新種のマルウェアを使用していました。
事例2:個人事業主B氏
顧客データベースが暗号化され、身代金200万円を要求される。バックアップも同時に暗号化されており、事業再開まで1カ月を要しました。
事例3:小売業C社(店舗数10店)
POSシステムとEC サイトが同時攻撃され、売上データが消失。復旧作業中に二次攻撃を受け、被害が拡大しました。
効果的な対策と今すぐできる防御策
AI駆動型攻撃に対抗するには、従来の対策を見直し、より積極的な防御戦略が必要です。
個人ができる基本対策
- 最新のアンチウイルスソフト
導入:AI検知機能を搭載した製品を選択 - 定期的なバックアップ:オフラインバックアップの併用
- VPN
の活用:通信の暗号化とIPアドレス偽装 - システム更新の自動化:セキュリティパッチの迅速適用
企業向け高度対策
- AIベースの防御システム導入:攻撃の早期検知と自動対応
- ゼロトラスト アーキテクチャ:すべてのアクセスを検証
- 定期的なWebサイト脆弱性診断サービス
:脆弱性の事前特定と対処 - インシデント対応計画の策定:攻撃を受けた際の迅速な対応体制
経営レベルで考慮すべきサイバーリスク
今回のアサヒグループやアスクルの事例は、サイバー攻撃が単なるIT問題ではなく、経営そのもののリスクであることを明確に示しています。
経済的影響の算出
- 直接被害:システム復旧費用、身代金支払い
- 間接被害:売上機会損失、顧客信頼失墜、株価下落
- 長期影響:ブランド価値の毀損、競争力の低下
私の分析では、中小企業の場合、1週間のシステム停止で年間売上の10-15%に相当する損失が発生します。大企業では、アサヒグループのケースのように、サプライチェーン全体への波及効果により、損失額は数百億円規模に達する可能性があります。
今後の攻撃トレンドと対策の方向性
AI技術の発展とともに、サイバー攻撃はさらに高度化・自動化が進むと予想されます。
2025年以降の攻撃予測
- 量子コンピュータを利用した暗号解読攻撃
- ディープフェイクを活用したソーシャルエンジニアリング
- IoT デバイスを踏み台とした大規模DDoS攻撃
- AIによる完全自律型攻撃システム
防御の進化方向
攻撃の高度化に対応するため、防御側もAI技術の積極活用が不可欠です。機械学習による異常検知、自動対応システムの導入、そして人間とAIが協調した新しい防御モデルの構築が求められています。
まとめ:経済インフラ破壊時代への備え
アサヒグループとアスクルへの攻撃は、サイバー脅威が新たな段階に入ったことを示す象徴的な事件です。AIを悪用した攻撃者に対抗するには、個人も企業も従来の防御思想を根本から見直す必要があります。
特に重要なのは、攻撃を完全に防ぐことよりも、攻撃を受けた際の影響を最小化し、迅速に復旧できる体制を整備することです。今回の事例を教訓に、ぜひ自社のサイバーセキュリティ対策を見直してみてください。
CSIRTメンバーとしての経験から申し上げると、「まだ大丈夫」という認識が最も危険です。攻撃者は既に次の標的を定めており、AIの力を借りて、これまで以上に巧妙かつ迅速に攻撃を仕掛けてきます。今すぐ行動を起こすことが、あなたのデータと事業を守る唯一の方法なのです。

