韓国の大手オンライン書店「イエス24」が、ランサムウェア攻撃により数十億ウォン(日本円で数億円)規模のビットコインを攻撃者に支払ったニュースが話題になっています。現役のCSIRT(Computer Security Incident Response Team)メンバーとして、この事件から見える深刻な問題と、個人・中小企業ができる現実的な対策について解説します。
イエス24事件の詳細と問題点
今回の事件で最も衝撃的だったのは、イエス24が「決済履歴や注文情報などの主要データサーバーを十分にコピー・保存していなかった」という点です。フォレンジック調査の現場でも、バックアップの不備が被害を拡大させるケースを数多く見てきました。
ランサムウェア攻撃は、悪意のあるプログラムがサーバーやPC内部の情報を暗号化し、その復号化と引き換えに身代金を要求する手口です。攻撃者は暗号化の鍵を人質に取り、企業の事業継続を脅かします。
実際のフォレンジック事例から見る被害パターン
私たちが対応した中小企業の事例では、以下のようなパターンがよく見られます:
製造業A社のケース
従業員50名の金属加工会社で、経理担当者のPCがランサムウェアに感染。社内ネットワーク経由で生産管理システムまで被害が拡大し、2週間の操業停止に追い込まれました。幸い、週次バックアップがあったため完全復旧できましたが、機会損失は数千万円に上りました。
医療法人B院のケース
電子カルテシステムが暗号化され、患者データにアクセス不能となったクリニック。バックアップはあったものの3ヶ月前のもので、最新データの復旧に苦労しました。結果的に一部データは失われ、患者への説明対応にも追われました。
中小企業・個人が今すぐできる対策
1. 多層防御の基本:アンチウイルスソフト の導入
まず基本となるのが、信頼性の高いアンチウイルスソフト
の導入です。近年のランサムウェアは巧妙化しており、従来の検知型だけでは限界があります。リアルタイムでの挙動監視機能を持つ製品を選ぶことが重要です。
特に中小企業では、IT担当者が限られているため、誤検知が少なく運用負荷の軽い製品を選びたいものです。最新のアンチウイルスソフト
は、AIを活用した未知の脅威検知機能も備えており、日々進化する攻撃手法にも対応できます。
2. リモートワーク時代の必需品:VPN 活用
コロナ禍以降、リモートワークが普及した結果、従業員が不安定な公衆Wi-Fiを使用する機会が増えました。これにより、中間者攻撃やデータの盗聴リスクが高まっています。
VPN
を導入することで、通信経路が暗号化され、攻撃者による通信内容の盗聴や改ざんを防げます。また、企業のVPN
サーバー経由でインターネットにアクセスすることで、社外からでも社内と同等のセキュリティレベルを維持できます。
3. バックアップ戦略の見直し
イエス24の事例が示すように、適切なバックアップがなければ、攻撃者の要求に応じるしか選択肢がなくなります。「3-2-1ルール」を基本とした戦略をお勧めします:
- 3つのコピーを作成(本体+2つのバックアップ)
- 2つの異なる媒体に保存(HDD、クラウドなど)
- 1つはオフライン保存(ネットワークから切断)
フォレンジック調査で見えてくる攻撃の進化
最近の調査では、攻撃者がより巧妙な手法を使っていることが判明しています。単純な添付ファイル型ではなく、正規のリモートアクセスツールを悪用したり、Supply Chain攻撃と呼ばれる手法で、信頼されたソフトウェアアップデート経由で侵入するケースも増えています。
また、ランサムウェア実行前に数週間から数ヶ月間潜伏し、重要データの特定や横展開を行う「Big Game Hunting」と呼ばれる手法も一般化しています。これにより、被害範囲が拡大し、復旧がより困難になっています。
経営層が理解すべきリスクとコスト
ランサムウェア被害のコストは、身代金だけではありません。フォレンジック調査費用、システム復旧費用、業務停止による機会損失、顧客対応費用、法的対応費用など、総額は身代金の数倍から数十倍になることもあります。
実際の事例では、身代金100万円に対して、総被害額が5000万円を超えたケースもありました。予防投資としてのセキュリティ対策は、決して高い買い物ではないのです。
まとめ:今日から始められる対策
イエス24の事件は、大企業であっても適切な備えがなければ重大な被害を受けることを示しています。しかし、適切なアンチウイルスソフト
とVPN
の導入、バックアップ戦略の実装など、基本的な対策を確実に行うことで、リスクを大幅に軽減できます。
サイバー攻撃は「もし起きたら」ではなく「いつ起きるか」の問題です。今日からできる対策を、ぜひ検討してみてください。