最近、IT業界で深刻な問題となっているのが、北朝鮮のハッカーグループによる「採用面談を装ったサイバー攻撃」です。2025年6月に発覚したこの攻撃は、LinkedInでリクルーターを装い、開発者に対してコーディング課題を送りつけて悪意あるソフトウェアをインストールさせる手口で、既に4,000回以上のダウンロードが確認されています。
フォレンジック調査の現場で実際に見てきた経験から言えることは、この手の攻撃は本当に巧妙で、技術に詳しい開発者でも簡単に騙されてしまうということです。今回はこの攻撃の詳細と、個人や企業が取るべき対策について解説していきます。
攻撃の全体像:採用面談が仕掛けられた罠
今回のサイバー攻撃は「Contagious Interview」キャンペーンと呼ばれ、以下のような手順で実行されます:
- LinkedIn上でのアプローチ:攻撃者がリクルーターを装い、魅力的な高額報酬のリモート求人を提示
- Google Docsでの課題提示:面談の一環として、コーディング課題をGoogle ドキュメント経由で送信
- 悪意あるパッケージの埋め込み:課題のプロジェクトに35個の悪意あるnpmパッケージを仕込む
- 画面共有での実行強要:Dockerなどの安全なコンテナ環境ではなく、ホストマシンで直接実行するよう圧力をかける
- 証拠隠滅:マルウェアが実行された後、リクルーターアカウントを削除
実際の被害事例:DMMビットコイン482億円流出事件
この攻撃手法の深刻さを物語るのが、DMMビットコインの482億円流出事件です。攻撃者は同様の手口でGincoのエンジニアにアプローチし、「採用試験」を装ってGitHub上の悪意あるPythonスクリプトを実行させることに成功しました。
フォレンジック調査でこうした事件を扱う際に気づくのは、被害者が技術的に高いスキルを持っていても、ソーシャルエンジニアリングの前では無力になってしまうということです。特に転職活動中の開発者は、新しい機会への期待から警戒心が薄れがちになります。
技術的な攻撃手法の詳細
悪意あるnpmパッケージの特徴
攻撃者が使用した35個のnpmパッケージには、以下のような特徴があります:
- タイポスクワッティング:「react-plaid-sdk」「sumsub-node-websdkf」など、人気プロジェクトに似せた名前
- HexEvalローダー:一見無害に見えるが、実際は多段階攻撃の入り口
- 段階的実行:まずホスト情報を収集し、次に「BeaverTail」マルウェア、最終的に「InvisibleFerret」バックドアに接続
なぜ検出が困難なのか
CSIRTでの経験から言えることは、この攻撃が特に厄介な理由は以下の通りです:
- npmという信頼されたプラットフォームを悪用
- オープンソースの信頼性を逆手に取った設計
- 段階的実行により、初期段階では悪意のある活動が見えにくい
- ソーシャルエンジニアリングによる心理的な隙の突入
個人開発者が取るべき対策
1. 求人への慎重なアプローチ
- LinkedInで突然連絡してくるリクルーターの身元確認を徹底する
- 高額報酬や好条件すぎる求人には特に注意する
- 面談でコード実行を求められた場合は、必ず隔離された環境で行う
2. 開発環境のセキュリティ強化
信頼できるアンチウイルスソフト
の導入は必須です。特に、リアルタイム監視機能を持つソリューションは、こうした未知の脅威に対して有効な防御を提供します。
3. ネットワークレベルでの防御
個人開発者でも、VPN
を使用することで、怪しい通信先への接続をブロックできます。特に在宅勤務が多い開発者にとって、ネットワーク通信の暗号化と監視は重要な防御策となります。
中小企業が取るべき組織的対策
採用プロセスの見直し
- 技術面接でのコード実行は、必ず隔離された環境で実施
- 外部パッケージの使用前には、必ずセキュリティチェックを実施
- 採用担当者への定期的なセキュリティ教育の実施
開発環境の分離
- 本番環境と開発環境の完全分離
- 外部パッケージ導入時の承認プロセス確立
- 定期的なセキュリティ監査の実施
フォレンジック専門家からのアドバイス
実際の事件対応で見てきた経験から言えることは、この手の攻撃は「完全に防ぐ」ことよりも「早期発見・早期対応」が重要だということです。
特に重要なのは以下の点です:
- ログの保全:npmインストールログ、ネットワーク通信ログの保存
- 行動監視:普段と異なるネットワーク通信や実行プロセスの検出
- 迅速な初動対応:感染が疑われた場合の隔離手順の確立
今後の展望と継続的な警戒の必要性
北朝鮮のハッカーグループは、国家的な支援を受けており、今後もこうした攻撃手法を進化させてくる可能性が高いです。特に、リモートワークが普及した現在の環境は、こうしたソーシャルエンジニアリング攻撃にとって格好の標的となっています。
個人開発者も企業も、技術的な対策だけでなく、人的な要素を含めた包括的なセキュリティ対策が必要になってきています。信頼できるアンチウイルスソフト
とVPN
の組み合わせは、こうした多層的な攻撃に対する基本的な防御となります。
まとめ
今回の北朝鮮ハッカーによる採用面談詐欺は、技術的な巧妙さとソーシャルエンジニアリングを組み合わせた高度な攻撃です。開発者という技術に詳しい層でも簡単に騙される可能性があることを、私たちは深刻に受け止める必要があります。
重要なのは、完璧な防御を目指すのではなく、多層的な防御と早期発見・対応の体制を整えることです。個人レベルでの意識改革から、組織レベルでの仕組み作りまで、包括的なアプローチが求められています。
一次情報または関連リンク
Socket: North Korean “Contagious Interview” Campaign Drops 35 New Malicious npm Packages