先日、大阪府警が摘発したフィッシング詐欺事件は、サイバーセキュリティ業界に大きな衝撃を与えました。自称データサイエンティストの男らが生成AIを駆使して、大手ECサイトに酷似したフィッシングサイトを構築し、約2000万円もの不正利益を得ていたとされる事件です。
私は長年フォレンジックアナリストとして活動し、現在はCSIRTメンバーとして様々なサイバー攻撃の対応にあたっていますが、この事件は従来のフィッシング詐欺とは明らかに異なる脅威レベルを示しています。
生成AIがもたらす新たな脅威
今回の事件で最も注目すべき点は、犯罪者が生成AIを活用してフィッシングサイトのプログラムを改良していたことです。これまでのフィッシングサイトは、どこか不自然な日本語や明らかに怪しいデザインで見分けがつくことも多かったのですが、生成AIの力を借りることで、その精度が格段に向上しているのです。
フィッシング対策協議会の報告によると、被害報告件数は2022年の約120万件から2023年には約171万件と急増し、2024年は5月末時点で既に約100万件に達しています。この数字は氷山の一角に過ぎません。
実際のフォレンジック現場で見た被害事例
私が実際に対応した事例をいくつかご紹介します(もちろん、詳細は秘匿しています)。
事例1:中小企業のECサイト運営会社
従業員20名程度のECサイト運営会社で、経理担当者が「Amazonからの重要なお知らせ」というメールを受信。添付されていたリンクをクリックし、ログイン情報を入力してしまいました。結果として、同社が管理していた複数のECアカウントが乗っ取られ、約300万円の損失が発生しました。
事例2:個人事業主のデザイナー
フリーランスのWebデザイナーが、「楽天市場からの本人確認」を装ったフィッシングメールに引っかかり、クレジットカード情報まで入力してしまった事例です。発覚した時点で既に50万円以上の不正利用が確認されていました。
生成AIによるフィッシング詐欺の特徴
従来のフィッシング詐欺と比較して、生成AI活用型には以下のような特徴があります:
- 自然な日本語:翻訳ソフト特有の不自然さがほぼ皆無
- 精巧なデザイン:本物と見分けがつかないレベルのサイト構築
- 個人情報の活用:標的の趣味嗜好に合わせたカスタマイズ
- 迅速な改良:セキュリティ対策の抜け穴を素早く見つけて対応
個人・中小企業ができる具体的対策
1. アンチウイルスソフト の導入
まず基本中の基本として、信頼性の高いアンチウイルスソフト
の導入は必須です。特に最新のものは、フィッシングサイトの検知機能も大幅に向上しており、怪しいサイトにアクセスしようとした際に警告を表示してくれます。
2. VPN の活用
公共Wi-Fiを利用する機会が多い方や、テレワークが中心の働き方をしている方には、VPN
の導入を強く推奨します。通信内容を暗号化することで、仮にフィッシングサイトにアクセスしてしまった場合でも、情報の漏洩リスクを大幅に軽減できます。
3. 多要素認証の設定
すべてのオンラインアカウントで多要素認証(MFA)を有効にしましょう。仮にパスワードが漏洩しても、二段階目の認証で不正アクセスを防げます。
4. 定期的なパスワード変更と管理
パスワード管理ツールを使用し、各サービスで異なる強力なパスワードを設定することが重要です。
怪しいメールやサイトの見分け方
生成AI活用型のフィッシング詐欺でも、完全に見分けがつかないわけではありません。以下のポイントに注意してください:
- URLの確認:公式サイトのURLと僅かでも異なる場合は要注意
- メールアドレスの確認:送信者のメールアドレスが公式ドメインと異なる
- 緊急性を煽る文言:「24時間以内に」「今すぐ」などの表現
- 個人情報の要求:メールで直接パスワードやクレジットカード情報を求める
被害に遭った場合の対処法
万が一フィッシング詐欺の被害に遭ってしまった場合は、以下の手順で対処してください:
- パスワードの即座変更:関連するすべてのアカウントのパスワードを変更
- 金融機関への連絡:クレジットカードや銀行口座の利用停止
- 警察への届出:サイバー犯罪対策課への被害報告
- 証拠の保全:スクリーンショットやメールの保存
企業のCSIRT担当者から見た現状
私たちCSIRT(Computer Security Incident Response Team)も、この新たな脅威に対応するため、皮肉にも生成AIを活用した対策を講じています。攻撃者がAIを使うなら、防御側もAIを使って対抗するという、まさにイタチごっこの状況です。
しかし、最も重要なのは技術的な対策よりも、一人ひとりのセキュリティ意識の向上です。どれだけ高度な技術を駆使しても、人間の判断ミスを完全に防ぐことはできません。
まとめ
生成AIを悪用したフィッシング詐欺は、今後ますます巧妙化していくことが予想されます。個人や中小企業にとって、もはや「自分は大丈夫」という楽観的な考えは通用しません。
基本的なセキュリティ対策としてアンチウイルスソフト
やVPN
の導入はもちろん、常に最新の脅威情報にアンテナを張り、疑わしいメールやサイトには決して個人情報を入力しないという基本原則を徹底することが重要です。
サイバーセキュリティは一度設定すれば終わりではなく、継続的な取り組みが必要な分野です。今回の事件を他人事と思わず、自分自身や会社の情報資産を守るための行動を今すぐ始めましょう。
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