AIの情報漏えいリスクが深刻化している現状
最近、ChatGPTやGeminiといった対話型AIサービスが急速に普及していますが、その裏で深刻な問題が浮上しています。それは、これらのAIが学習したデータから、意図せず機密情報や個人情報を漏らしてしまうリスクです。
実際に、私がCSIRTでの調査で遭遇した事例では、企業が社内情報を含む文書をAIに学習させた結果、悪意のある第三者が巧妙な質問を繰り返すことで、本来アクセスできないはずの顧客情報や機密データを推測できてしまうケースがありました。
LLMの仕組みと潜在的なリスク
大規模言語モデル(LLM)は、次に来る単語を予測することで文章を生成する技術です。文脈内学習(ICL)という手法により、データとラベルの組み合わせをプロンプトとして与えることで、より精度の高い応答が可能になります。
しかし、この仕組みには落とし穴があります。例えば、ECサイトの問い合わせ自動応答システムで、悪意のある利用者が注文番号を何らかの方法で入手し、巧妙に質問を繰り返すことで「誰が何を購入したか」といった情報を推定できてしまう可能性があるのです。
NTTが開発した革新的な解決策「PTA技術」
2025年7月7日、NTT株式会社がこの問題に対する画期的な解決策を発表しました。それが「PTA」(Plausible Token Amplification)という新技術です。
従来の対策手法の限界
これまで、情報漏えいリスクを軽減するために「差分プライバシー」(DP)の考え方を利用した「DP-ICL」という手法が用いられてきました。この手法は、元のデータにノイズを加えることでプライバシー保護を実現するものでしたが、大きな欠点がありました。
ラベルにノイズを加えた影響で、AIの応答精度が大幅に低下してしまうのです。つまり、セキュリティを重視すると使い物にならなくなってしまうという、セキュリティ業界でよく見られる「利便性とセキュリティのトレードオフ」問題が発生していました。
PTAの革新的なアプローチ
NTTの研究チームは、この問題を根本的に解決するアプローチを開発しました。彼らは、DP-ICLにおける応答精度低下の要因を理論的に分析し、その原因が「ノイズによって重要な単語が曖昧になり、ルール推定の精度が低下すること」にあることを突き止めました。
PTAでは、事前にルール推定のために重要な単語を強調することで、ノイズに埋もれにくくするという画期的な手法を採用しています。実験では、ニュース記事をトピックカテゴリに分類するタスクにおいて、従来のDP-ICLと比較して明確な精度向上を確認できたとのことです。
個人・中小企業が今すぐできるAI利用時のセキュリティ対策
現実的な脅威と対策
私のフォレンジック調査経験から言えば、個人や中小企業がAIサービスを利用する際に最も注意すべきなのは、以下の点です:
1. 機密情報の入力を避ける
ChatGPTやGeminiに顧客情報、財務データ、技術仕様書などを直接入力するのは絶対に避けてください。これらの情報は学習データとして利用される可能性があります。
2. 組織内でのAI利用ガイドラインの策定
従業員が無意識に機密情報をAIに入力することを防ぐため、明確なガイドラインを作成しましょう。
3. 包括的なセキュリティ対策の実施
AI利用時だけでなく、日常的なサイバーセキュリティ対策も重要です。アンチウイルスソフト
を導入することで、マルウェアやフィッシング攻撃から組織を守ることができます。
通信の暗号化も重要
また、AIサービスとの通信自体を傍受される可能性もあります。特に公共Wi-Fiを利用する際は、VPN
を使用することで通信を暗号化し、第三者による盗聴を防ぐことができます。
今後の展望と企業への影響
NTTの研究チームは、今回の成果をさらに発展させ、より高度な精度向上や柔軟な構造の入力を扱うタスクへの応用も視野に入れているとのことです。この技術が実用化されれば、企業がAIサービスを安全に利用できる環境が整い、デジタル変革が一層加速されることが期待されます。
国際的な注目度
この研究成果は、7月13日~19日にカナダで開催される機械学習分野の国際会議「International Conference on Machine Learning (ICML) 2025」で発表されます。国際的な研究コミュニティでも高い関心を集めており、AI技術の安全性向上に向けた重要な一歩として評価されています。
まとめ:AI時代のセキュリティ対策の重要性
NTTが開発したPTA技術は、AI利用時のセキュリティリスクを大幅に軽減する画期的な技術です。しかし、この技術が広く普及するまでの間、私たち個人や中小企業は自衛策を講じる必要があります。
現在のAI技術は便利な反面、情報漏えいリスクという重大な課題を抱えています。だからこそ、AI利用時のガイドライン策定、適切なアンチウイルスソフト
の導入、VPN
による通信の暗号化など、多層的なセキュリティ対策が不可欠です。
今後もAI技術の発展とともに、新たなセキュリティ課題が出現する可能性があります。継続的な情報収集と対策の見直しを行い、安全なAI利用環境を維持していくことが重要です。
一次情報または関連リンク
NTT、LLMが持つ「学習データからの情報漏えいリスク」を低減しつつ高い応答精度も保つ新技術を開発 – INTERNET Watch