2025年7月7日、オーストラリアの大手航空会社カンタス航空が、外部委託先のコールセンターシステムへのサイバー攻撃により、ハッカーから恐喝を受けていることを発表しました。
この事件は、単なるデータ侵害を超えて「恐喝」という深刻な段階に発展している点で注目されています。現役のフォレンジック専門家として、この事件を分析し、個人や企業が取るべき対策について解説します。
カンタス航空のサイバー攻撃事件の全容
攻撃の発覚と初期対応
6月30日に不審なアクセスが検知されて以降、カンタス航空は迅速に対応しました。対象システムは直ちに遮断され、外部のセキュリティ専門家の協力のもとでフォレンジック調査と監視体制が継続されています。
この初期対応の速さは評価できますが、問題は「外部委託先のシステム」が狙われたことです。企業の主要システムではなく、委託先を足がかりにする攻撃手法は、現在のサイバー犯罪の主流となっています。
流出した情報と恐喝の実態
初期調査により、以下の個人情報が流出したことが確認されました:
- 氏名
- メールアドレス
- 電話番号
- 生年月日
- フリークエントフライヤー番号
幸い、クレジットカード情報、銀行口座、パスポート番号、ログイン用のパスワードやPIN番号などのセンシティブ情報は保存されておらず、流出していないことが確認されています。
しかし、カンタス航空は「サイバー犯罪者と思われる人物から連絡があり、現在確認作業を進めています」と発表しており、これは明らかに恐喝を受けていることを示しています。
Scattered Spiderグループの脅威
今回の攻撃は、2025年に入り複数の航空会社が被害を受けているサイバー攻撃の一環とみられ、MGMリゾーツやハワイアン航空などを狙った「Scattered Spider」と呼ばれる攻撃者グループによる手口との類似性が指摘されています。
Scattered Spiderの攻撃手法
このグループの特徴的な攻撃手法は以下の通りです:
- 外部委託先のシステムやコールセンターを足がかりにする
- 高度なソーシャルエンジニアリングを駆使
- 認証バイパス技術を活用
- 内部関係者を装った電話攻撃
私がこれまで調査した事例でも、このような「人間の心理を突く攻撃」は非常に効果的で、技術的な防御だけでは防ぎきれない場合が多いのが現実です。
個人レベルでの対策
自分の情報が流出していないか確認する方法
カンタス航空のようなデータ侵害事件が発生した場合、個人でできることは限られていますが、以下の点を確認することが重要です:
- 企業からの公式通知をチェック
- 不審なメールや電話に注意
- アカウントのログイン履歴を確認
- クレジットカードの明細を定期的にチェック
個人情報を守るための基本対策
フォレンジック調査の現場で見てきた経験から、個人レベルでの対策として以下をお勧めします:
- 複数のセキュリティ対策を組み合わせる
- 定期的なパスワード変更
- 二要素認証の有効化
- フィッシング対策の徹底
特に、アンチウイルスソフト
の利用は基本中の基本です。最新の脅威情報に基づいて更新されるシグネチャが、新しい攻撃手法からあなたのデバイスを守ります。
企業レベルでの対策
外部委託先管理の重要性
カンタス航空の事件が示すように、現在のサイバー攻撃は企業の主要システムではなく、セキュリティが相対的に弱い外部委託先を狙います。これは「サプライチェーン攻撃」と呼ばれる手法で、企業にとって最も対策が困難な脅威の一つです。
私が過去に調査した事例でも、攻撃者は以下のような手順で企業ネットワークに侵入していました:
- 外部委託先の従業員を電話で騙し、認証情報を取得
- 委託先のシステムに不正アクセス
- 委託先から本体企業のネットワークに侵入
- 機密情報を窃取し、恐喝を実行
インシデント対応の重要性
カンタス航空の対応を見ると、以下の点が適切だったと評価できます:
- 迅速なシステム遮断
- 外部専門家との連携
- 段階的な顧客への情報開示
- 法執行機関への通報
しかし、恐喝を受けるまでに発展してしまった点は課題です。企業のセキュリティ担当者には、予防だけでなく、インシデント発生時の対応計画も重要になります。
インターネット利用時の安全対策
VPN利用の重要性
最近のサイバー攻撃では、攻撃者が被害者の通信を傍受し、さらなる攻撃に利用するケースが増えています。特に、公共Wi-Fiを利用する際は、VPN
の利用が不可欠です。
VPNを使用することで、以下のメリットがあります:
- 通信の暗号化による盗聴防止
- IPアドレスの匿名化
- 地理的制限の回避
- ISPによる通信監視の防止
企業向けセキュリティ診断の必要性
カンタス航空のような大企業でも攻撃を受ける現在、中小企業のWebサイトも標的となる可能性は十分にあります。定期的なWebサイト脆弱性診断サービス
により、自社のWebサイトに潜む脆弱性を発見し、対策を講じることが重要です。
特に、以下のような脆弱性は定期的にチェックすべきです:
- SQLインジェクション
- クロスサイトスクリプティング(XSS)
- 認証バイパス
- セッション管理の不備
今後の展望と対策
サイバー攻撃の今後の傾向
Scattered Spiderのような攻撃グループは、今後もより巧妙な手法で企業や個人を狙ってくるでしょう。特に注意すべき傾向は以下の通りです:
- AI技術を活用したソーシャルエンジニアリング
- サプライチェーン攻撃の増加
- ランサムウェアと恐喝の組み合わせ
- 内部関係者を装った攻撃の精巧化
継続的な対策の重要性
セキュリティ対策は「一度設定すれば終わり」ではありません。攻撃者の手法も日々進化しているため、対策も継続的に更新していく必要があります。
個人レベルでは、信頼できるセキュリティソフトウェアの利用と定期的な更新、企業レベルでは専門的なセキュリティ診断とインシデント対応体制の構築が不可欠です。
まとめ
カンタス航空のサイバー攻撃事件は、現代のサイバー脅威の複雑さと深刻さを示しています。外部委託先を狙った攻撃、恐喝の実行、そして個人情報の悪用など、多角的な脅威に対して、個人も企業も多層的な防御策を講じる必要があります。
重要なのは、完璧なセキュリティは存在しないことを前提に、適切な対策を組み合わせることです。個人では信頼できるセキュリティソフトウェアとVPNの利用、企業では定期的なセキュリティ診断と従業員教育が基本となります。
今回の事件を教訓として、私たち一人ひとりがサイバーセキュリティに対する意識を高め、適切な対策を講じることが、このような被害を防ぐための第一歩となるでしょう。