物理侵入からのサイバー攻撃、その恐ろしい実態
皆さん、こんにちは。フォレンジックアナリストとして数々のサイバー攻撃事案を調査してきた経験から、今回GMOサイバーセキュリティbyイエラエとALSOKが発表した新サービスについて、現場目線でお話しします。
2025年7月29日、両社が発表したのは「物理侵入を起点としたサイバー攻撃」に対応する画期的なテスト サービス。一見すると映画のような話に聞こえるかもしれませんが、これは決してフィクションではありません。
実際に私が調査した事例では、清掃員を装った攻撃者がオフィスに侵入し、わずか数分でUSBメモリを社員のPCに挿入。その後、リモートアクセスを確立して機密データを盗み出した案件がありました。被害企業は中小製造業でしたが、顧客情報約3万件と設計図面が流出し、損害額は億単位に達しました。
なぜ物理侵入からのサイバー攻撃が危険なのか?
1. セキュリティの盲点を突く
多くの企業では、ファイアウォールやアンチウイルスソフト
などでネットワークの入り口を固めています。しかし、物理的な侵入を許してしまえば、これらの防御は無意味になってしまいます。
社内ネットワークに直接アクセスできれば:
– ファイアウォールを迂回できる
– 内部通信の監視が困難
– 管理者権限の取得が容易
2. ソーシャルエンジニアリングの活用
攻撃者は人間の心理を巧みに利用します。制服を着た「業者」や「新入社員」を装うことで、多くの人が疑いを持たずに建物内への立ち入りを許可してしまいます。
欧州金融機関での実際の被害事例
イエラエの発表によると、2018年頃に欧州の複数の金融機関がこの手口で攻撃を受けました。私が入手した情報によると、その手口は以下の通りです:
攻撃の流れ
1. 偵察フェーズ:SNSや企業サイトから社員情報を収集
2. 侵入フェーズ:清掃員や配達員を装ってオフィスに侵入
3. 感染フェーズ:USBメモリやメモリーカードでマルウェアを仕込む
4. 潜伏フェーズ:数週間から数か月間、気付かれないよう活動
5. 窃取フェーズ:顧客データや機密情報を外部サーバーに送信
被害は深刻で、ある銀行では顧客の個人情報約50万件が流出。GDPR違反による制裁金だけで数十億円の損失を被りました。
日本企業が直面する現実的な脅威
中小企業A社のケース(製造業)
私が実際に調査した案件です。攻撃者は工場見学者を装って侵入し、事務所のPCにUSBメモリを挿入しました。
被害状況:
– 顧客リスト 約15,000件流出
– 製品設計図面 12点盗取
– 復旧費用 約2,500万円
– 信用失墜による売上減少 推定8,000万円
この企業ではアンチウイルスソフト
は導入していましたが、物理的な侵入には対応できませんでした。
IT企業B社のケース
清掃業者を装った攻撃者が夜間に侵入。開発サーバーに直接アクセスし、ソースコードを盗取されました。
被害状況:
– 自社開発システムのソースコード流出
– 競合他社での類似システム登場
– 開発投資 約1億2,000万円が無駄に
GMO×ALSOKサービスの革新性
今回発表されたサービスの特筆すべき点は、物理セキュリティのプロであるALSOKと、世界トップレベルのホワイトハッカー集団イエラエの連携にあります。
サービスの特徴
1. リアルな侵入テスト
– 事前通告なしの抜き打ちテスト
– 実際の攻撃者と同じ手法を使用
– 社員の反応や対応も評価対象に
2. 包括的な脆弱性評価
– 物理セキュリティの弱点特定
– サイバーセキュリティの評価
– 人的要因(従業員の意識)の分析
3. 実践的な改善提案
– 具体的な対策の優先順位付け
– 予算に応じた段階的な改善計画
– 従業員教育プログラムの提案
企業が今すぐ取るべき対策
技術的対策
1. エンドポイント保護の強化
アンチウイルスソフト
の導入に加え、USBポートの制御やデバイス管理を徹底しましょう。
2. ネットワークセグメンテーション
重要なシステムは物理的に分離し、アクセス制御を強化する必要があります。
3. 定期的なWebサイト脆弱性診断サービス
外部からの攻撃だけでなく、内部からの攻撃経路も含めた包括的な診断が重要です。
物理的対策
1. 入退室管理の強化
– ICカードやバイオメトリクス認証の導入
– 訪問者の身元確認プロセスの厳格化
– セキュリティカメラの死角をなくす
2. クリアデスクポリシーの徹底
– 重要書類の施錠管理
– USBポートへのプラグ設置
– 個人デバイスの持ち込み制限
人的対策
1. セキュリティ意識の向上
– 定期的な教育・訓練の実施
– フィッシング攻撃の模擬テスト
– インシデント発生時の対応手順の共有
2. 報告体制の確立
– 不審者や不審な行動の報告ルートを明確化
– 報告者を守る制度の整備
テレワーク時代の新たな脅威
コロナ禍以降、テレワークが普及したことで、攻撃者のターゲットは従業員の自宅にも広がっています。
実際に発生した在宅勤務での侵入事例
私が調査した案件では、宅配業者を装った攻撃者が従業員の自宅を訪問。在宅勤務用のPCにマルウェアを仕込まれ、VPN経由で社内ネットワークに侵入されました。
このような攻撃を防ぐためには、VPN
の利用と適切な設定が不可欠です。企業用VPNだけでなく、個人用のVPN
も併用することで、多層防御を実現できます。
投資対効果から見るセキュリティ対策
「セキュリティ投資は費用がかかりすぎる」という声をよく聞きますが、実際のところはどうでしょうか?
対策コストと被害額の比較
対策費用(年間):
– 基本的な物理セキュリティ強化:約200万円
– アンチウイルスソフト
導入:約50万円
– 従業員教育プログラム:約100万円
– Webサイト脆弱性診断サービス
:約300万円
– 合計:約650万円
一方、被害を受けた場合:
– 平均的な情報漏洩事案の被害額:約3億8,000万円
– システム復旧費用:約2,000万円
– 信用失墜による売上減少:推定1億円以上
この比較を見れば、事前の投資がいかに重要かがわかります。
まとめ:総合的なセキュリティ戦略の重要性
GMOとALSOKの新サービスは、従来のサイバーセキュリティの概念を根本から見直すきっかけを与えてくれます。技術的な対策だけでは限界があり、物理セキュリティと人的要因を含めた総合的なアプローチが必要な時代になりました。
特に中小企業の経営者の皆さんには、「うちは大丈夫」という思い込みを捨てて、現実的なリスク評価を行っていただきたいと思います。攻撃者は企業の規模を選びません。むしろ、セキュリティ対策が手薄な中小企業をターゲットにすることが多いのが現実です。
今回ご紹介したような物理侵入を起点とした攻撃は、確実に増加していくでしょう。早めの対策が、将来の大きな損失を防ぐカギとなります。