現役のフォレンジックアナリストとして数々のサイバー犯罪事件を手がけてきた私ですが、正直言って韓国の今回の取り組みには驚かされました。2025年9月から本格稼働する「ボイスフィッシング統合対応団」の内容を見ると、これまでの対症療法的な対応とは次元が違います。
実際に私がこれまで扱った事件でも、ボイスフィッシング(オレオレ詐欺や特殊詐欺)による被害は年々巧妙化しており、特に高齢者を狙った手口が深刻化しています。今回韓国が発表した対策は、日本でも大いに参考になる内容だと思います。
韓国が本気で取り組む理由:被害の深刻さ
韓国でボイスフィッシングがここまで問題になっているのには理由があります。私も国際的なサイバー犯罪事件を扱う中で韓国の同業者と情報交換することがありますが、彼らから聞く被害状況は想像以上でした。
特に深刻なのが、海外(主に中国や東南アジア)に拠点を置く犯罪組織による組織的な犯行です。これまで私が調査した類似事件でも、以下のような特徴がありました:
- 多層的な組織構造:コールセンター、技術サポート、資金洗浄など役割分担が明確
- 技術的な高度化:発信番号偽装、音声変換技術の悪用
- 心理的操作の巧妙化:訃報を装うメッセージなど、人の感情を悪用
24時間365日体制の「統合対応団」とは何か
今回韓国が発表した対策の目玉は、警察庁を中心とした「ボイスフィッシング統合対応団」です。これまでの43人体制から137人へと大幅増員し、完全24時間体制で運営されます。
フォレンジック調査の現場にいる私から見て、この体制は理想的です。なぜなら、サイバー犯罪は24時間365日発生するからです。実際に私が過去に調査した企業への標的型攻撃では、犯人が日本の夜間(海外の昼間)を狙って攻撃を仕掛けるケースが多くありました。
10分以内の緊急遮断システム
特に注目すべきは、犯罪に使用された電話番号を「10分以内に緊急遮断」するシステムです。これは画期的です。
私がこれまで扱った事件では、不正な電話番号の停止に数日から数週間かかることが珍しくありませんでした。その間に犯罪組織は次々と新しい番号を取得し、被害が拡大していくのです。10分以内の対応なら、被害の拡大を大幅に抑制できるでしょう。
AIプラットフォームによる予防システム
韓国が構築予定の「ボイスフィッシングAIプラットフォーム」も非常に興味深い取り組みです。金融、通信、捜査の全分野の情報を統合し、AIでパターン分析を行うとのこと。
これは私たちフォレンジックアナリストが日常的に行っている作業の自動化版と言えます。例えば、私が過去に調査した事件では:
- A社の事例:従業員のメールアカウントが乗っ取られ、取引先に偽の請求書を送付。被害額は約500万円でした。
- B個人商店の事例:偽の警察官を名乗る電話で、「あなたの口座が犯罪に使われている」と言われ、暗証番号を教えてしまい300万円を失いました。
これらの事件も、AIによる早期検知システムがあれば防げた可能性が高いです。
日本が学ぶべきポイント
現役のCSIRTメンバーとして、韓国の取り組みから日本が学ぶべき点をいくつか挙げてみます:
1. 統合的な対応体制の構築
韓国の「統合対応団」のように、警察、通信事業者、金融機関が連携した統合的な対応体制は日本でも必要です。現在の日本では、それぞれの組織が個別に対応することが多く、情報共有に課題があります。
2. 通信事業者の責任強化
韓国では通信会社の管理責任を大幅に強化し、不正開通の防止を義務化しました。日本でも同様の規制強化が必要でしょう。私が調査した事件でも、不正に取得された携帯電話番号が犯罪に使われるケースが頻発しています。
3. 被害者救済制度の整備
韓国では金融機関による被害金額の賠償制度も検討されています。現在の日本では、被害者が泣き寝入りするケースが多いのが現状です。
個人でできる対策は?
制度的な対策も重要ですが、個人レベルでできる対策も欠かせません。フォレンジック調査の現場で見てきた経験から、特に重要な対策をお伝えします:
1. 総合的なセキュリティ対策
まず基本となるのが、信頼できるアンチウイルスソフトの導入です。最近のボイスフィッシングでは、悪性アプリをインストールさせる手口が増えています。私が調査した事件でも、偽のセキュリティアプリをインストールさせられ、スマートフォンを遠隔操作された事例がありました。
2. 通信の暗号化
また、VPNの利用も重要です。特に公共Wi-Fiを使用する際は、通信内容を盗聴される可能性があります。私が扱った事件では、カフェのWi-Fiを使っている際に、オンラインバンキングの情報を盗まれたケースもありました。
3. 企業のセキュリティ強化
企業の方には、Webサイト脆弱性診断サービスの定期的な実施をお勧めします。最近では、企業のWebサイトの脆弱性を突いて顧客情報を盗み、その情報を使ってボイスフィッシングを行う手口も増えています。
韓国の取り組みが成功すれば世界のモデルケースに
韓国が2026年1月までを「特別取り締まり期間」として設定し、本格的にボイスフィッシング撲滅に取り組むことは、世界的に注目されています。
特に、海外の犯罪組織に対する国際協力の強化は重要です。私も国際的なサイバー犯罪事件を扱う中で、犯罪組織が国境を越えて活動している現実を痛感しています。インターポールとの共同作戦なども計画されており、この取り組みが成功すれば、他の国々のモデルケースになるでしょう。
まとめ:日本も早急な対策強化が必要
韓国の今回の取り組みを見ていると、日本のサイバー犯罪対策がいかに後手に回っているかを実感します。フォレンジックアナリストとして現場で活動していると、日本でも同様の被害が拡大していることを日々目の当たりにしています。
制度的な対策が整うまでの間、私たち個人や企業ができることは限られていますが、適切なセキュリティ対策を講じることで被害を最小限に抑えることは可能です。特に、基本的なアンチウイルスソフトの導入やVPNの使用、企業でのWebサイト脆弱性診断サービスの実施は、すぐにでも始められる対策です。
韓国の取り組みが成功し、日本でも同様の制度が導入されることを、一人のフォレンジック専門家として強く期待しています。サイバー犯罪から身を守るためには、国家レベルでの制度整備と個人レベルでの意識向上、両方が不可欠なのです。