9月1日の防災の日を機に、改めて企業のBCP(事業継続計画)について考える機会が増えています。しかし、現代のBCPでは自然災害だけでなく、サイバー攻撃への対応も重要な要素となっているのをご存知でしょうか?
フォレンジックアナリストとして多くの企業のインシデント対応に携わってきた私が、実際の事例を交えながら、総務部が果たすべきBCPとサイバーセキュリティ対策の役割について詳しく解説します。
BCPの本質とは?現代企業が直面するリスク
BCP(Business Continuity Plan)の本質は「予期せぬ事態が起こっても、事業を止めないこと」です。しかし、従来の地震や台風といった自然災害への備えだけでは、もはや不十分な時代になっています。
2023年に私が対応したケースで印象的だったのは、ある製造業の中小企業でランサムウェア攻撃を受けた事例です。早朝、総務部の方から「システムが全く動かない」という連絡を受けて現場に駆けつけると、全てのPCに暗号化された画面が表示されていました。
この企業は自然災害に対するBCPは整備していたものの、サイバー攻撃への備えは皆無でした。結果として、2週間近く事業が停止し、売上損失は数千万円に上りました。
現代企業が直面する主なリスク
- 自然災害(地震、台風、洪水など)
- サイバー攻撃(ランサムウェア、標的型攻撃など)
- システム障害・データ消失
- パンデミック(新型コロナのような感染症)
- サプライチェーン断絶
総務部がBCPで果たす中心的役割
総務部は企業のBCPにおいて中心的な役割を果たします。なぜなら、総務部は以下のような横断的な機能を持っているからです:
1. 従業員の安全確保
災害時やセキュリティインシデント発生時の従業員の安否確認、避難指示、在宅勤務への切り替えなどを統括します。
2. 社内外の連携調整
経営陣、各部署、外部関係者(顧客、取引先、当局など)との連絡調整を行います。
3. 情報の一元管理
インシデントの状況把握、対応状況の管理、報告書の作成などを担当します。
サイバーセキュリティ対策における総務の役割
「セキュリティ対策は情シス部の仕事でしょ?」と思われるかもしれませんが、実は総務部の役割も非常に重要です。
実際のフォレンジック事例から学ぶ
昨年対応したある小売業の事例では、フィッシングメールによる情報漏洩事件が発生しました。経理部の担当者が偽装された請求書メールを開いてしまい、顧客の個人情報約3万件が流出したのです。
この時、技術的な対応は情シス部が担当しましたが、以下の対応は総務部が中心となって行いました:
- 被害状況の全社的な把握と報告
- 顧客への謝罪と説明の準備
- 監督官庁への報告書作成
- 従業員へのセキュリティ教育の実施
- メディア対応の準備
総務が担うべきサイバーセキュリティ対策
1. セキュリティ教育の企画・実施
従業員への定期的なセキュリティ教育は、技術的対策と同じくらい重要です。フィッシングメールの見分け方、パスワード管理、VPNの適切な使用方法などを継続的に教育しましょう。
2. インシデント対応手順の策定
サイバーインシデントが発生した際の連絡体制、初動対応、外部機関への連絡手順を明文化しておくことが重要です。
3. 外部専門業者との連携体制構築
フォレンジック調査会社、セキュリティベンダー、法律事務所などとの連携体制を事前に構築しておきましょう。
具体的なBCP策定のステップ
ステップ1:リスクアセスメント
自社が直面する可能性のあるリスクを洗い出し、発生確率と影響度で優先順位をつけます。
ステップ2:重要業務の特定
事業継続に不可欠な業務プロセスを特定し、復旧優先度を決めます。
ステップ3:対応策の策定
各リスクに対する具体的な対応策を策定します。この際、アンチウイルスソフトやVPNなどのセキュリティツールの導入も検討しましょう。
ステップ4:体制の構築
緊急時の指揮系統、各部署の役割分担、外部との連携体制を明確にします。
ステップ5:訓練と見直し
定期的な訓練を実施し、計画の実効性を検証して継続的に改善します。
中小企業におけるBCP策定のポイント
中小企業では、大企業のような専門部署や潤沢なリソースがない場合が多いでしょう。そこで重要なのは、身の丈に合った実践的なBCPを策定することです。
最低限押さえるべきポイント
1. データのバックアップ体制
クラウドストレージを活用した自動バックアップシステムの構築は必須です。ランサムウェア攻撃を受けても、データが復旧できれば事業継続が可能になります。
2. セキュリティツールの導入
個人でも導入できるアンチウイルスソフトの全端末への導入、VPNによる通信の暗号化は基本中の基本です。
3. Webサイトのセキュリティ対策
企業サイトが攻撃を受けると、顧客の信頼失墜に直結します。Webサイト脆弱性診断サービスを活用して、定期的にサイトの安全性をチェックしましょう。
4. 緊急連絡体制の整備
従業員、顧客、取引先への緊急連絡手段を複数確保し、定期的にテストしましょう。
フォレンジックアナリストが見た成功事例
私が関わった企業の中で、BCPが功を奏した印象深い事例があります。
ある IT関連企業では、DDoS攻撃を受けてWebサービスが停止してしまいました。しかし、この企業は事前に以下の対策を講じていました:
- クラウドベースの冗長システムの構築
- 攻撃発生時の自動切り替え機能
- 顧客への迅速な情報提供体制
- 代替手段でのサービス提供準備
結果として、サービス停止時間をわずか30分に抑え、顧客からの信頼を損なうことなく危機を乗り切ることができました。
今すぐ始められるBCP対策
「BCPは大切だと分かっているけど、何から手をつけていいか分からない」という方のために、今すぐ始められる対策をご紹介します:
今日からできること
- 緊急連絡先リストの作成・更新
- 重要データのバックアップ状況の確認
- 全端末へのアンチウイルスソフト導入状況の点検
- パスワードポリシーの見直し
1週間以内にできること
- VPN環境の整備
- 従業員へのセキュリティ教育資料の準備
- インシデント発生時の初動対応手順書の作成
- Webサイト脆弱性診断サービスへの申し込み
1ヶ月以内にできること
- BCP策定プロジェクトの立ち上げ
- 外部専門業者との連携体制構築
- 模擬訓練の実施
- 経営陣への報告と承認取得
総務部門のスキルアップポイント
BCPとサイバーセキュリティ対策を効果的に進めるために、総務部門が身につけるべきスキルをご紹介します:
技術的知識
- 基本的なITセキュリティの知識
- クラウドサービスの活用方法
- データバックアップの仕組み
コミュニケーションスキル
- 緊急時の効果的な情報伝達方法
- ステークホルダーとの調整能力
- プレゼンテーション技術
マネジメントスキル
- プロジェクト管理能力
- リスク評価・分析スキル
- 継続的改善の仕組み作り
まとめ:全方位BCPで企業を守る
現代の企業経営において、BCPは「あったほうが良いもの」ではなく「なくてはならないもの」です。特に、サイバー攻撃の脅威が高まる中、総務部門の果たす役割はますます重要になっています。
フォレンジックアナリストとして数多くのインシデントを見てきた経験から言えることは、「備えあれば憂いなし」ということです。完璧なBCPを一度に作り上げる必要はありません。小さな一歩から始めて、継続的に改善していくことが大切です。
今回ご紹介した対策の中で、まずは自社で実現可能なものから始めてみてください。特に、アンチウイルスソフト、VPN、Webサイト脆弱性診断サービスなどの基本的なセキュリティ対策は、投資対効果の高い対策として強くお勧めします。
企業の持続可能な成長のために、今こそ全方位BCPの策定に取り組んでみてはいかがでしょうか。