OT(Operational Technology)システムが狙われる理由
製造業やエネルギー業界でサイバー攻撃が急激に増加しています。フォーティネットが公開した「2025年OTサイバーセキュリティに関する現状レポート」によると、標的型攻撃の17%が製造業を対象としており、これは業界別で最も高い数字です。
なぜOTシステムが攻撃者に狙われるのでしょうか?実際のフォレンジック調査を通じて見えてきた理由をお話しします。
OTシステムの脆弱性が狙われる3つの理由
1. 老朽化したインフラストラクチャ
多くの産業制御システム(ICS)は10年以上前の設計で、直接的なパッチやファームウェア更新ができません。これは攻撃者にとって格好のターゲットとなります。
2. ネットワーク分離の不備
ITシステムとOTシステムが適切に分離されていない環境では、一度侵入された場合のラテラルムーブメント(横展開)を防ぐことが困難です。
3. 可視性の欠如
OTネットワーク内の資産やトラフィックが完全に把握できていない組織が多く、不正アクセスの検知が遅れがちです。
実際のOT攻撃事例から学ぶリスク
私がフォレンジック調査で扱った事例をいくつかご紹介します(もちろん、守秘義務に配慮して一般化した内容です)。
事例1:製造業A社のランサムウェア被害
従業員数300名の部品製造会社で発生した事件です。攻撃者は以下の手順で侵入しました:
1. フィッシングメールで社員のPCに初期侵入
2. 社内ネットワークを調査し、OTネットワークへの接続点を発見
3. 生産管理システムに到達し、ランサムウェアを展開
4. 生産ライン停止により、1週間で約2億円の損失
この事例では、ITとOTの境界が曖昧だったことが被害拡大の原因でした。
事例2:エネルギー業界B社の標的型攻撃
電力関連企業で発生した高度な標的型攻撃です:
1. 水飲み場攻撃(業界関連サイトの改ざん)で初期侵入
2. 6ヶ月間にわたる潜伏期間で情報収集
3. 制御システムへの不正アクセスを試行
4. 幸い、適切な監視体制により早期発見・遮断に成功
この事例では、継続的な監視と脅威インテリジェンスの活用が功を奏しました。
効果的なOTセキュリティ対策の7つのポイント
フォーティネットの調査結果と、現場での経験を踏まえて、効果的な対策をまとめました。
1. 経営層のコミットメント確保
調査によると、52%の組織でCISOまたはCSOがOTセキュリティの直接責任を担っています(2022年の16%から大幅上昇)。これは正しい方向性です。
OTセキュリティは技術的な問題だけでなく、事業継続に直結する経営課題です。経営層の理解とコミットメントなしには、適切なリソース配分や迅速な意思決定ができません。
2. ネットワークセグメンテーションの実装
具体的な実装手順:
– ITとOTネットワークの物理的または論理的分離
– OTネットワーク内でのゾーン分け(製造ライン別、システム別など)
– 各ゾーン間の通信制御とログ監視
– DMZ(非武装地帯)の設置
適切なセグメンテーションにより、攻撃者の横展開を防ぎ、被害の局所化が可能になります。
3. 脅威インテリジェンスの活用
OTに特化した脅威インテリジェンスを活用することで、産業機器を標的とした悪意ある活動を事前にブロックできます。
重要な脅威インテリジェンス項目:
– 業界固有のマルウェア情報
– 攻撃グループの戦術・技術・手順(TTPs)
– 脆弱性情報とエクスプロイト情報
– インシデント事例とパターン分析
4. 補完的保護策と仮想パッチの適用
老朽化したOTデバイスには直接パッチを適用できない場合が多いため、以下の補完的保護策が重要です:
– 仮想パッチによる脆弱性の保護
– アンチウイルスソフト
による既知の脅威検知
– アプリケーション制御による不正実行防止
– ネットワークレベルでの異常検知
5. 継続的な可視化と監視
興味深いことに、OTセキュリティが成熟するにつれ、組織の可視化に対する自信が低下しているという調査結果があります。これは現実的な理解が深まった証拠で、むしろ健全な傾向です。
効果的な監視のポイント:
– 資産インベントリの継続的更新
– 異常なネットワークトラフィックの検知
– 操作ログの一元管理と分析
– 外部からの不正アクセス試行の監視
6. インシデントレスポンス計画の整備
OTインシデントは事業への影響が甚大なため、迅速かつ適切な対応が求められます。
OT特化のレスポンス計画要素:
– 安全な生産停止手順の文書化
– 代替手段での事業継続計画
– フォレンジック調査の実施体制
– ベンダーとの連携体制
7. ベンダー集約によるリスク軽減
調査では、78%の組織がセキュリティベンダーを4社以下に集約していることが判明しました。これは運用の複雑さを軽減し、一元管理を可能にする賢明な選択です。
個人・中小企業でも実践できるOT対策
大企業だけでなく、個人事業主や中小企業でもOT関連のリスクは存在します。
小規模環境での基本対策
1. ネットワーク分離
業務用PCと制御系システムを同じネットワークで運用している場合は、VLAN分離や物理的分離を検討しましょう。
2. セキュリティソフトの導入
制御系PCにもアンチウイルスソフト
の導入を検討してください。ただし、リアルタイム制御への影響を十分検証する必要があります。
3. リモートアクセスの保護
メンテナンス用リモートアクセスにはVPN
の利用を強く推奨します。平文での通信は攻撃者に筒抜けです。
4. 定期的な脆弱性診断
Webインターフェースを持つ制御機器がある場合は、Webサイト脆弱性診断サービス
を活用して定期的にセキュリティ状況を確認しましょう。
2025年に向けたOTセキュリティの展望
フォーティネットの調査結果を見ると、OTセキュリティは確実に成熟してきています。しかし、攻撃者も進歩しており、AIを活用した攻撃やRaaS(Ransomware-as-a-Service)の規模拡大により、脅威は高度化し続けています。
今後重要になる要素
1. プロアクティブなセキュリティ戦略
事後対応ではなく、事前防御に重点を置いた戦略が重要になります。
2. リアルタイム脅威インテリジェンス
刻々と変化する脅威に対応するため、リアルタイムでの脅威情報収集と分析が必須です。
3. 一元的なセキュリティオペレーション
ITとOTを統合したSOC(Security Operations Center)の構築が求められます。
4. 継続的な監視体制
24時間365日の監視体制と、異常検知時の迅速な対応能力が重要です。
まとめ:OTセキュリティは経営戦略の一部
OTサイバーセキュリティは、もはや技術部門だけの問題ではありません。事業継続、顧客信頼、企業価値に直結する重要な経営課題です。
フォーティネットの調査が示すように、適切な対策を講じることで確実にインシデントを減らすことができます。レベル4の成熟度を達成した組織では、65%が「過去1年間に脅威の侵入がゼロ」を実現しています。
重要なのは、段階的かつ継続的な改善です。一朝一夕では解決できませんが、適切な計画と実行により、必ず成果を上げることができます。
皆さんの組織でも、今回ご紹介した7つのポイントを参考に、OTセキュリティの強化に取り組んでいただければと思います。サイバー攻撃は待ってくれません。今すぐ行動を開始しましょう。