ランサムウェア被害が急激に拡大している現実
アクロニス・ジャパンが公開した「Acronis サイバー脅威レポート 2025年上半期版」によると、ランサムウェアの被害件数が前年と比較して約70%も増加しているという衝撃的な結果が明らかになりました。
この数字は単なる統計ではありません。私がCSIRTとして現場で対応している案件でも、実際にランサムウェア攻撃の相談件数は確実に増えています。特に中小企業からの緊急対応要請が後を絶たない状況です。
なぜこれほどまでに被害が拡大しているのか
100万以上のエンドポイントから収集されたデータを分析した結果、特にWindows環境を標的とした攻撃が多く確認されています。これは企業の多くがWindows環境を利用しているという現実と直結しており、攻撃者にとって「効率的な標的」となってしまっているのです。
実際に私が対応した事例では、ある製造業の中小企業がCl0pランサムウェアの攻撃を受け、生産ラインが3週間停止するという深刻な被害が発生しました。この企業の損失は直接的な復旧費用だけでなく、機会損失を含めて数千万円規模に達しています。
最も危険な攻撃グループの実態
今回のレポートで特に注目すべきは、被害を引き起こしているランサムウェアグループの特定です。「Cl0p」「Akira」「Qlin」といったグループが多くの被害を引き起こしており、それぞれ異なる攻撃手法を使い分けています。
Cl0pグループの巧妙な手口
Cl0pグループは特にゼロデイ脆弱性を狙った攻撃を得意としており、パッチが適用される前の脆弱性を利用して企業ネットワークに侵入します。先ほど紹介した製造業の事例も、まさにこの手法による攻撃でした。
Akiraグループの二重恐喝戦術
Akiraグループは暗号化と同時にデータを盗み出し、復旧しなければデータを公開すると脅迫する「二重恐喝」戦術を多用しています。これにより、バックアップがあっても復旧費用を支払わざるを得ない状況に追い込まれるケースが増えています。
個人・中小企業が今すぐ実装すべき対策
フォレンジック調査を通じて見えてきた効果的な対策をお伝えします。これらは理論的な話ではなく、実際に攻撃を防いだ、または被害を最小限に抑えた実例に基づく対策です。
1. 多層防御の実装
単一のセキュリティソフトだけでは不十分です。現代のランサムウェアは従来の検知手法を回避する能力が向上しているため、複数のセキュリティ技術を組み合わせた多層防御が必要です。
特に効果的なのが、行動分析型のアンチウイルスソフト
です。従来のシグネチャベースの検知だけでなく、プロセスの異常な振る舞いを検知することで、未知のランサムウェアも検出できます。
2. ネットワークセグメンテーションの重要性
攻撃者がネットワークに侵入した場合でも、被害を局所化するためのネットワークセグメンテーションは極めて重要です。特に重要なデータを扱うサーバーは、専用のネットワークセグメントに配置し、厳格なアクセス制御を実装すべきです。
3. リモートワーク環境のセキュリティ強化
コロナ禍以降、リモートワークが定着している企業では、社外からのアクセスが攻撃の入口となるケースが増えています。特にVPN接続の脆弱性を狙った攻撃が多発しており、信頼性の高いVPN
の導入が不可欠です。
被害に遭った場合の適切な対応手順
万が一ランサムウェア攻撃を受けてしまった場合の対応手順も重要です。適切な初動対応により、被害を最小限に抑えることが可能です。
初動対応の重要性
攻撃を発見した時点で最も重要なのは、感染拡大の阻止です。感染が疑われるシステムを即座にネットワークから切り離し、同時に他のシステムへの影響を調査する必要があります。
この段階でのフォレンジック証拠保全も重要で、将来的な法的対応や保険請求の際に必要となります。
復旧戦略の策定
バックアップからの復旧が基本ですが、バックアップ自体が感染している可能性もあります。そのため、複数世代のバックアップを保持し、定期的な復旧テストを実施することが重要です。
AI技術を悪用した新しい脅威への対応
2025年に入って特に注目すべきは、AI技術を悪用した攻撃手法の拡大です。これまで以上に巧妙化したフィッシングメールや、AI生成による偽の音声・映像を使った攻撃が増加しています。
AI生成コンテンツの脅威
特に経営層を狙ったビジネスメール詐欺(BEC)では、AI技術により生成された経営者の音声や映像を使って、従業員を騙そうとする手口が確認されています。
企業Webサイトの脆弱性対策
攻撃者は企業の公開Webサイトの脆弱性を狙って侵入し、そこを足掛かりに内部ネットワークへと侵入を試みます。定期的なWebサイト脆弱性診断サービス
により、攻撃者よりも先に脆弱性を発見し、対策を講じることが重要です。
コスト効率的なセキュリティ投資の考え方
多くの中小企業では「セキュリティにかける予算がない」という声を聞きますが、ランサムウェア攻撃による被害額を考えると、事前のセキュリティ投資の方がはるかに経済的です。
ROI(投資対効果)の計算
私が対応した事例では、適切なセキュリティ対策を実装していた企業は、同様の攻撃を受けても被害を最小限に抑えることができています。年間のセキュリティ投資額が数十万円程度であっても、数千万円規模の被害を防ぐことができるのです。
段階的な対策実装
すべての対策を一度に実装する必要はありません。リスクの高い部分から優先的に対策を実装し、段階的にセキュリティレベルを向上させていくアプローチが現実的です。
まとめ:今こそ行動を起こすべき時
2025年上半期のデータが示すランサムウェア被害の70%増加という現実は、もはや「他人事」ではありません。攻撃者たちは常に新しい手法を開発し、より巧妙な攻撃を仕掛けてきています。
しかし、適切な対策を講じることで、これらの攻撃から企業や個人の大切な資産を守ることは可能です。重要なのは、攻撃を受けてから対策を考えるのではなく、今すぐに行動を起こすことです。
私自身、多くのインシデント対応を通じて痛感しているのは、「備えあれば憂いなし」という言葉の重さです。明日が今日より安全である保証はありません。今この瞬間から、できる対策を一つずつ実装していくことが、将来の大きな被害を防ぐ唯一の方法なのです。