コロンビア検察庁を装った巧妙なSVGファイル攻撃
最近、サイバーセキュリティ業界で話題になっているのが、SVG(スケーラブル・ベクター・グラフィックス)ファイルを悪用した新たなフィッシング攻撃です。これまで画像ファイルとして認識されがちだったSVGファイルが、実は悪意のあるJavaScriptコードを埋め込める危険な媒体として利用されているのです。
今回確認された攻撃では、コロンビア検察庁(Fiscalía General de la Nación)を装ったメールが送信され、受信者に政府関連の重要文書があるかのように見せかけています。これは典型的な権威への信頼を悪用する手口で、多くの人が疑いもなくファイルを開いてしまう可能性があります。
攻撃の巧妙な仕組み
この攻撃の恐ろしさは、その巧妙さにあります。SVGファイルに埋め込まれたJavaScriptペイロードが実行されると、以下のような段階的な攻撃が展開されます:
- 偽のプログレスバー表示:政府文書のダウンロードプロセスを模倣した画面を表示
- Base64デコード:エンコードされたHTMLフィッシングページを展開
- バックグラウンド処理:ユーザーが気づかないうちにZIPアーカイブをダウンロード
特に注目すべきは、この攻撃が44件のSVGファイルすべてで従来のアンチウイルスソフト
による検出を回避していたことです。難読化、ポリモーフィズム、大量のジャンクコードといった高度な技術を駆使して、セキュリティソフトの静的検出をすり抜けているのです。
企業が直面するSAP S/4HANAの深刻な脅威
個人を狙ったフィッシング攻撃と並行して、企業システムへの攻撃も激化しています。特に深刻なのが、多くの大企業で導入されているERP(企業資源計画)システム「SAP S/4HANA」に発見されたコードインジェクションの脆弱性です。
CVSS 9.9の危険度MAX脆弱性
CVE-2025-42957として追跡されているこの脆弱性は、CVSS(Common Vulnerability Scoring System)で9.9という最高レベルの危険度を示しています。これは実際のところ、権限の低い攻撃者でもSAPシステム全体を乗っ取れる可能性があることを意味します。
私がフォレンジック調査で実際に見てきた事例では、このような基幹システムの侵害は企業に壊滅的な被害をもたらします:
- データベース全体の暗号化:ランサムウェアによる業務停止
- 顧客情報の大量流出:信用失墜と法的責任
- 財務データの改ざん:経営判断の根幹を揺るがす事態
フォレンジック調査で見えた実際の被害パターン
現役のCSIRTメンバーとして、私は数多くのサイバー攻撃の事後調査に携わってきました。特に印象深いのは、某中小製造業で発生したSVGファイル経由の攻撃事例です。
ケーススタディ:製造業A社の場合
従業員300名の製造業A社では、経理部門の担当者が「税務調査通知」を装ったメールに添付されたSVGファイルを開いてしまいました。その結果:
- 初期感染:SVGファイル内のJavaScriptが実行され、情報窃取型マルウェアがインストール
- 横展開:ネットワーク内の他のPCに感染が拡大
- データ窃取:顧客リスト、製造仕様書、財務データが外部サーバーに送信
- ランサムウェア展開:最終的に製造ラインを制御するシステムまで暗号化
この事例では、復旧までに2週間を要し、売上損失だけで約3000万円の被害が発生しました。さらに深刻だったのは、競合他社に技術情報が流出していた可能性が判明したことです。
個人ユーザーが今すぐできる対策
SVGファイルを使った攻撃から身を守るためには、以下の対策が不可欠です:
1. 基本的な警戒心の向上
- 政府機関を装ったメールは特に慎重に扱う
- 添付ファイルは開く前に差出人の正当性を確認
- 緊急性を煽る文面には冷静に対応
2. 技術的対策の実装
- 最新のアンチウイルスソフト
を導入し、リアルタイム保護を有効化
- VPN
を使用してネットワーク通信を暗号化
- ブラウザのJavaScript実行を制限する設定の活用
3. メール環境の強化
多くの組織で見落とされがちなのが、メールセキュリティの強化です。フィッシング攻撃の大部分はメールから始まるため、ここでの防御が最も効果的です。
企業が実装すべき多層防御戦略
企業においては、個人レベルの対策だけでは不十分です。組織全体を守るための包括的なセキュリティ戦略が必要です。
技術的対策
- エンドポイント保護:全社的なアンチウイルスソフト
の展開
- ネットワーク分離:重要システムの物理的・論理的分離
- 脆弱性管理:定期的なWebサイト脆弱性診断サービス
の実施
- 通信暗号化:VPN
による社内外通信の保護
運用面での強化
私がCSIRTでの経験から特に重要だと感じるのは、技術的対策と並行した運用面での強化です:
- 定期的な訓練:フィッシング攻撃シミュレーションの実施
- インシデント対応計画:攻撃を受けた際の具体的な対応手順
- バックアップ戦略:ランサムウェア攻撃に備えた複数世代バックアップ
SAP S/4HANA利用企業の緊急対応
SAP S/4HANAを利用している企業は、今すぐ以下の対応を取る必要があります:
- 即座のパッチ適用:8月にリリースされたセキュリティアップデートの適用
- 権限の見直し:S_DMISアクティビティ02へのアクセス権限の厳格化
- SAP UCONの実装:包括的なセキュリティ管理の強化
- RFC使用制限:不要なリモートファンクションコールの無効化
特に中小企業では、SAP運用の専門知識が不足していることが多く、この脆弱性への対応が遅れがちです。しかし、攻撃者は企業規模を問わずターゲットにするため、規模に関係なく迅速な対応が求められます。
次世代攻撃への備え
今回のSVGファイル攻撃で注目すべきは、攻撃者が時間とともにペイロードを進化させていることです。初期のサンプルは約25MBと大きかったものの、時間の経過とともにサイズが縮小し、より洗練されたものになっています。
これは攻撃者が継続的に手法を改良し、検出回避技術を向上させていることを示しています。従来の「パターンマッチング」による検出では対応しきれない状況が生まれているのです。
AI駆動型攻撃の台頭
私の分析では、今後さらに巧妙になると予想される攻撃手法として以下が挙げられます:
- 多態性マルウェア:実行のたびに形を変える自己変異型
- AI生成フィッシング:ターゲットに特化した高精度な偽装メール
- ゼロデイエクスプロイト:未知の脆弱性を狙った攻撃
まとめ:今こそ包括的セキュリティ戦略を
SVGファイルを悪用したフィッシング攻撃は、従来のセキュリティ対策の盲点を突く新たな脅威です。523件ものSVGファイルが既に確認されており、この数は今後も増加すると予想されます。
個人ユーザーは最新のアンチウイルスソフト
とVPN
の導入により基本的な保護を確保し、企業はWebサイト脆弱性診断サービス
を含む多層防御戦略の実装が急務です。
サイバー攻撃は日々進化しており、昨日まで有効だった対策が今日は通用しないかもしれません。しかし、基本的なセキュリティ意識の向上と適切な技術的対策の組み合わせにより、多くの攻撃を防ぐことができます。
重要なのは「完全な防御は不可能」という前提に立ち、攻撃を受けることを想定した準備を整えることです。フォレンジック調査の現場で見てきた被害を繰り返さないためにも、今すぐ行動を起こしましょう。
一次情報または関連リンク
Silobreaker Cyber Alert – SVGファイルを悪用したフィッシング攻撃とSAP S/4HANA脆弱性レポート