ダイヘンタイ子会社で発生した不正アクセス事件の概要
2025年10月8日、産業機器大手の株式会社ダイヘンから衝撃的な発表がありました。同社のタイに所在するグループ関係会社「DAIHEN ELECTRIC Co., Ltd.」が第三者による不正アクセスを受け、システム情報の一部が漏えいしたというのです。
この事件は、多国籍企業が直面するサイバーセキュリティリスクを浮き彫りにした典型的なケースといえるでしょう。フォレンジックアナリストとして、数多くの海外子会社を標的とした攻撃を調査してきた経験から言えることは、攻撃者は本社よりもセキュリティ対策が手薄になりがちな海外拠点を狙う傾向が強いということです。
事件の詳細と被害状況
今回の不正アクセスで確認されている情報は以下の通りです:
- 攻撃対象:DAIHEN ELECTRIC Co., Ltd.の運用システム
- 被害内容:システム上の情報の一部が漏えい
- 対応状況:外部からのアクセス遮断、パスワード変更等の初動対策を実施済み
- 影響範囲:操業や製品出荷への影響なし、日本国内システムへの影響なし
- 顧客への影響:日本の顧客情報は当該システムに保持されておらず影響なし
一見すると被害は限定的に見えますが、これは氷山の一角である可能性も否定できません。私がこれまで担当した海外子会社への攻撃事例では、初期調査では「限定的な被害」と判断されたものの、詳細なフォレンジック調査により、実際にはより広範囲にわたる情報流出が発覚したケースが複数ありました。
海外子会社を標的とした攻撃の特徴と脅威
なぜ海外子会社が狙われるのか
フォレンジック調査の現場で見えてきた攻撃者の戦略パターンをご紹介します:
1. セキュリティガバナンスの隙間
本社と海外子会社間で、セキュリティポリシーの統一や監視体制に差が生じがちです。実際に私が調査したあるケースでは、本社では多層防御が徹底されていたものの、東南アジアの子会社では基本的なアンチウイルスソフト
すら最新版にアップデートされていませんでした。
2. 文化・言語の壁
セキュリティ教育や緊急時の対応において、言語や文化の違いが障壁となることがあります。フィッシングメールの見分け方なども、現地の言語や文化に合わせたカスタマイズが必要です。
3. 本社への侵入経路
海外子会社のシステムを足がかりとして、最終的に本社のシステムへと侵入を試みるケースが増加しています。VPN接続やファイル共有システムを通じた横移動攻撃が典型的な手法です。
実際の被害事例から学ぶ
私が担当した類似事件の一例をご紹介します(企業名は伏せています):
某製造業A社の東南アジア子会社において、経理担当者のPCがマルウェアに感染。攻撃者は約3ヶ月間にわたって社内ネットワークに潜伏し、以下の情報を窃取していました:
- 従業員の個人情報(約1,200名分)
- 取引先企業との契約書類
- 製品の設計図面
- 本社とのやり取りで使用していた技術資料
この事件では、初期感染から発覚まで3ヶ月を要し、その間に機密情報が競合他社に流出していた可能性が高いと判断されました。復旧費用と信頼回復にかかった総コストは、約2億円に達しました。
企業が取るべきセキュリティ対策
多層防御によるリスク軽減
ダイヘンのケースを教訓として、企業が実装すべき対策を整理してみましょう:
1. エンドポイント保護の強化
海外拠点のすべてのPCやサーバーに、最新のアンチウイルスソフト
を導入することは基本中の基本です。単なるウイルス対策ではなく、未知の脅威も検出できる次世代型のソリューションが求められます。
2. ネットワークセキュリティの見直し
本社と海外拠点間の通信には、必ず暗号化されたVPN
を使用すべきです。また、拠点間でのファイル共有やシステムアクセスには、多要素認証の導入が不可欠です。
3. 定期的な脆弱性診断
海外拠点で運用しているWebアプリケーションやシステムについても、定期的なWebサイト脆弱性診断サービス
を実施する必要があります。地理的に離れた拠点のシステムほど、セキュリティホールが見過ごされがちです。
インシデント対応体制の構築
今回のダイヘンの対応を見ると、「外部からのアクセス遮断やパスワード変更」という初動対策を迅速に実行できていることが分かります。これは事前に準備された対応手順があったからこそ可能だったと考えられます。
効果的なインシデント対応体制には以下の要素が必要です:
- 24時間365日の監視体制
- 多言語対応可能な緊急連絡体制
- 各拠点での初動対応マニュアル
- フォレンジック調査を実行できる技術者の確保
- 関係当局や顧客への報告手順の明確化
中小企業も無関係ではない脅威
「うちは大企業じゃないから関係ない」と考える経営者の方もいらっしゃるかもしれませんが、それは大きな誤解です。
実際、私が調査した事件の約4割は従業員数100名以下の中小企業で発生しています。むしろ、セキュリティ投資が限定的な中小企業の方が、攻撃者にとって「狙いやすい標的」となっているのが現実です。
中小企業向けの現実的な対策
限られた予算の中でも実装可能な対策をご紹介します:
1. 基本的な防御の徹底
まずは全社員のPCに信頼性の高いアンチウイルスソフト
を導入し、定期的なアップデートを徹底することから始めましょう。
2. リモートアクセスの安全化
テレワークや外出先からの社内システムアクセスには、必ずVPN
を使用するルールを策定しましょう。
3. 従業員教育の強化
技術的な対策と同等に重要なのが、従業員のセキュリティ意識向上です。特に、フィッシングメールの見分け方や、怪しいファイルの取り扱いについて定期的な研修を実施することが重要です。
まとめ:継続的なセキュリティ対策の重要性
今回のダイヘン タイ子会社への不正アクセス事件は、現代企業が直面するサイバーセキュリティリスクの典型例といえます。特に多国籍企業や海外展開を行う企業にとって、各拠点のセキュリティレベルを統一することの重要性が改めて浮き彫りになりました。
フォレンジックアナリストとしての経験から強調したいのは、サイバー攻撃は「もし起きたら」ではなく「いつ起きるか」という前提で対策を講じる必要があるということです。
今回ダイヘンが比較的迅速な初動対応を実行できたのも、事前の準備があったからこそです。あなたの会社でも、まずは基本的なセキュリティ対策の見直しから始めてみてはいかがでしょうか。
明日、あなたの会社が攻撃を受けても、適切に対応できる体制は整っていますか?その答えが「分からない」や「不安だ」という場合は、今すぐセキュリティ対策の見直しを検討することをお勧めします。