2025年10月15日、スイブロックチェーン上で運営されるDeFi(分散型金融)プラットフォームのタイパス・ファイナンス(Typus Finance)が、約5億3,000万円という大規模なハッキング被害を受けました。この攻撃は、オラクルシステムの脆弱性を悪用した巧妙な手法で実行され、現在も暗号資産業界に大きな波紋を広げています。
フォレンジックアナリストとして数多くのサイバー攻撃事案を分析してきた経験から申し上げますと、今回の事案は従来のWebアプリケーション攻撃とは異なる、ブロックチェーン特有の脆弱性を狙った非常に高度な攻撃といえます。一見すると一般企業には関係のない事案に見えますが、実は多くの企業が直面し得るセキュリティ課題と共通点があるのです。
攻撃の全貌:オラクル脆弱性を狙った巧妙な手口
今回の攻撃で狙われたのは、オフチェーン(ブロックチェーン外部)の価格データをオンチェーン(ブロックチェーン上)に反映させる「オラクル」という仕組みです。攻撃者は、このオラクルシステムの価格更新プログラムに存在していた権限チェック機能の欠落を悪用しました。
具体的な攻撃手法を解析すると、以下のような流れで実行されています:
- 攻撃者がオラクルの価格更新機能に不正アクセス
- 権限チェックが機能していないことを確認
- 任意の価格データを送り込み、資産価値を操作
- 操作された価格を利用して約344万ドル相当の資産を不正取得
この手法は、一般的な企業システムで例えると、APIの認証機能に不備があり、外部から不正な データを送り込まれて業務システムが誤動作を起こすような状況と似ています。
なぜ監査をすり抜けたのか:セキュリティホールの盲点
特に注目すべきは、この脆弱性が2025年5月に実施された外部監査で見落とされていたという点です。監査済みのシステムでも重大な脆弱性が潜んでいたわけですが、これは決して珍しいことではありません。
私が過去に調査した企業システムの事案でも、セキュリティ監査を通過したはずのWebアプリケーションに、後から深刻なSQLインジェクション脆弱性が発見されたケースがありました。その企業は「監査を受けているから安全」という過信から、継続的なセキュリティ監視を怠っており、攻撃を受けるまで脆弱性に気づきませんでした。
企業が学ぶべき教訓:多層防御の重要性
今回のタイパス・ファイナンスの事案から、一般企業が学ぶべき重要な教訓があります。それは「単一の防御策に依存してはならない」ということです。
タイパスでは攻撃発覚後15分以内にシステムを停止できたものの、監視サービスの警告設定が即時通知に対応していなかったという問題も指摘されています。これは多くの企業で見られる「セキュリティ監視の甘さ」を象徴する事例といえるでしょう。
実際に、ある中小企業のケースでは、アンチウイルスソフト
を導入していたにも関わらず、ログ監視機能をオフにしていたため、マルウェア感染を長期間見落とし続けていました。結果として、機密情報が数ヶ月間にわたって外部に流出していたのです。
効果的な多層防御戦略
現役CSIRTメンバーとしての経験から、以下のような多層防御が有効です:
- 技術的対策:アンチウイルスソフト
による端末保護
- ネットワーク対策:VPN
による通信の暗号化
- Webセキュリティ:Webサイト脆弱性診断サービス
による定期的な脆弱性チェック
- 監視体制:24時間365日のログ監視とアラート設定
- インシデント対応:攻撃発覚時の迅速な対応計画
スイブロックチェーン上で頻発する攻撃:業界全体の課題
今回の事案は孤立した事件ではありません。記事によると、2025年5月にはスイ上のDEX「シータス(Cetus)」が約321億円、9月には「ネモ・プロトコル」が約3億5,000万円の被害を受けています。
これらの連続攻撃は、スイブロックチェーン上のプロトコルが組織的に狙われている可能性を示唆しています。攻撃者は一つのプラットフォームで成功した手法を、類似のシステムに対して次々と適用しているのかもしれません。
この状況は、特定の業界やシステムが集中的に狙われる「標的型攻撃キャンペーン」と類似しています。実際に、医療機関や教育機関、自治体などで同様の攻撃手法による被害が連続して発生するケースを数多く見てきました。
個人・企業が今すぐ取るべき対策
今回のような高度な攻撃に対抗するには、基本的なセキュリティ対策の徹底が何より重要です。
個人ユーザー向け対策
暗号資産取引を行う個人の方は、以下の対策を必ず実施してください:
- 信頼できるプラットフォームの選択
- 分散投資によるリスク軽減
- アンチウイルスソフト
による端末のマルウェア対策
- VPN
を使用した通信の暗号化
- フィッシングサイトへの警戒
企業向けセキュリティ強化策
企業においては、より包括的なアプローチが必要です:
- 定期的な脆弱性診断:Webサイト脆弱性診断サービス
による継続的なセキュリティチェック
- 従業員教育:フィッシング攻撃やソーシャルエンジニアリングへの対策
- インシデント対応計画:攻撃を受けた場合の迅速な対応体制
- ログ監視強化:異常な通信やアクセスの早期発見
特に、Webアプリケーションを運営している企業は、APIの認証機能や入力値検証など、今回の事案と類似した脆弱性が存在しないか定期的にチェックすることが重要です。
まとめ:継続的なセキュリティ向上が鍵
タイパス・ファイナンスの事案は、最新のブロックチェーン技術においても基本的なセキュリティ原則が重要であることを改めて示しました。監査済みシステムでも脆弱性は存在し得る、監視体制の不備は致命的な結果を招く、そして攻撃者は常に新たな手法を開発し続けているという現実を受け入れる必要があります。
個人・企業を問わず、サイバーセキュリティは「一度設定すれば終わり」ではなく、継続的な改善と監視が求められる分野です。今回の事案を教訓として、自社のセキュリティ体制を今一度見直すことをお勧めします。
特に、アンチウイルスソフト
、VPN
、Webサイト脆弱性診断サービス
などの基本的なセキュリティツールの導入と適切な運用は、多くの攻撃を防ぐ第一歩となるでしょう。