サイバーセキュリティの世界で、これまでの常識を覆す驚くべき事態が発生しました。中国のAPT(Advanced Persistent Threat)グループ「Jewelbug」が、ロシアのITサービスプロバイダーに静かに侵入したのです。この事件は、国家支援のサイバー諜報活動において新たな局面を迎えたことを示しています。
従来の中ロサイバー攻撃関係の変化
長年にわたり、中国とロシアのサイバー攻撃者は互いの衝突を避けてきました。これは両国の政治的関係や、サイバー空間における「棲み分け」があったためと考えられています。しかし今回の事例は、その暗黙のルールが変化していることを示唆しています。
Symantecの脅威ハンターチームが特定した今回の侵害は、中国のAPTオペレーターがロシアのインフラストラクチャ、少なくともそのサプライチェーンを諜報目的で探査する意思を持つようになったことを明確に示しています。
Jewelbuグループの正体と手法
今回の攻撃を実行した「Jewelbug」は、REF7707、CL-STA-0049、Earth Aluxとしても追跡されている中国のAPTグループです。国家支援を受けていると考えられており、高度な技術力と持続的な攻撃能力を持っています。
APTグループの特徴として、以下のような手法が挙げられます:
- 長期間にわたる潜伏と情報収集
- 標的型攻撃による初期侵入
- システム内での横展開
- 機密情報の継続的な窃取
企業が直面するサプライチェーン攻撃のリスク
今回の事例で注目すべきは、攻撃対象がITサービスプロバイダーであることです。これはサプライチェーン攻撃の典型的なパターンであり、一つの企業への侵入が複数のクライアント企業への攻撃の足がかりとなる可能性があります。
現役CSIRTの立場から見ると、このような攻撃は以下の理由で特に危険です:
被害の拡散性
ITサービスプロバイダーへの攻撃は、そのサービスを利用する全ての企業に影響を及ぼす可能性があります。実際のフォレンジック調査でも、一つのサービスプロバイダーの侵害により、数百の企業が二次的な被害を受けた事例を確認しています。
検知の困難さ
信頼されたサービスプロバイダーからのアクセスは正常な通信として認識されるため、異常な活動の検知が困難になります。これにより、攻撃者は長期間にわたって活動を継続できるのです。
個人・中小企業ができる対策
このような高度な脅威に対して、個人や中小企業はどのような対策を取れるでしょうか。フォレンジックアナリストとして数多くの被害事例を調査してきた経験から、以下の対策を強く推奨します。
多層防御の構築
まず基本となるのは、信頼できるアンチウイルスソフト
の導入です。単一のセキュリティソリューションに依存するのではなく、複数のセキュリティ層を構築することが重要です。
ネットワーク通信の保護
リモートワークが一般化した現在、VPN接続のセキュリティは極めて重要です。信頼性の高いVPN
を使用することで、通信内容の暗号化と身元の保護を実現できます。
Webサイトの脆弱性対策
企業のWebサイトは攻撃者にとって格好の標的となります。定期的なWebサイト脆弱性診断サービス
により、潜在的な脆弱性を事前に発見・修正することが可能です。
実際の被害事例から学ぶ教訓
過去のフォレンジック調査では、APT攻撃による被害は以下のような段階で進行することが確認されています:
- 初期侵入:スピアフィッシング等による侵入
- 権限昇格:システム内での権限拡大
- 横展開:ネットワーク内の他システムへの拡散
- データ窃取:機密情報の継続的な収集
- 痕跡隠滅:ログの削除や改ざん
ある中小企業の事例では、初期侵入から実際の被害発覚まで約18ヶ月を要しました。この間、攻撃者は社内の機密情報を継続的に窃取し続けていたのです。このような長期間の潜伏を防ぐためには、継続的な監視と早期検知システムの構築が不可欠です。
今後の展望と対策の重要性
今回のJewelbuグループによるロシアITサービス企業への攻撃は、国際的なサイバー攻撃の構図が変化していることを明確に示しています。従来の「敵味方」の概念を超えて、各国のAPTグループが活動領域を拡大している現実があります。
このような環境下では、企業規模に関係なく、全ての組織が高度な脅威の標的となる可能性があります。特に、サプライチェーンを通じた攻撃は、直接的な標的でなくても被害を受けるリスクがあることを理解しておく必要があります。
まとめ
中国のAPTグループ「Jewelbug」によるロシアITサービス企業への侵入は、サイバーセキュリティ分野における新たな局面の到来を告げています。従来の常識にとらわれず、より包括的で多層的なセキュリティ対策の構築が急務となっています。
個人や中小企業においても、この脅威は他人事ではありません。適切なセキュリティツールの導入と継続的な対策の見直しにより、これらの高度な脅威から身を守ることが可能です。今こそ、サイバーセキュリティ対策を見直し、強化する絶好の機会と言えるでしょう。

