警察組織で発生した深刻な内部不正事件
2025年10月、大阪府警で発生した内部不正事件は、組織におけるサイバーセキュリティの根本的な脆弱性を浮き彫りにしました。現役の警部補が虚偽の書類を作成し、金融機関から個人情報を不正に入手・漏洩していた事実は、「内部の人間が最も危険な脅威である」という情報セキュリティの鉄則を改めて証明する事例となりました。
事件の概要:信頼を悪用した組織的犯行
大阪府警羽曳野署の草川亮央警部補(56)は、2025年1月から2月にかけて、府警OBの道沢正克容疑者(68)からの依頼を受け、第三者の口座情報を漏洩した疑いで逮捕されました。
最も悪質だったのは、草川容疑者が「捜査で必要」という虚偽の書類を作成し、正当な業務のように装って金融機関から情報を入手していた点です。この手口は、組織内での権限と信頼を悪用した典型的な内部不正の形態で、外部からの検知が非常に困難な攻撃手法です。
フォレンジックの現場から見た内部不正の実態
私がこれまで関わった企業のインシデント対応では、内部不正による情報漏洩事件が年々増加しています。特に以下のような特徴が共通して見られます:
1. 正当な権限を悪用したアクセス
今回の事件のように、業務上のアクセス権限を持つ人物が、本来とは異なる目的で情報にアクセスするケースです。システム上は「正常なアクセス」として記録されるため、発見が遅れることが多々あります。
2. 段階的なエスカレーション
内部不正は一度に大規模な情報を盗み出すのではなく、小さな不正から始まって徐々にエスカレートしていく傾向があります。今回も1月から2月にかけて「繰り返し」行われていたという報道があり、この典型的なパターンが見て取れます。
個人・中小企業が直面するリスクと対策
個人が警戒すべきポイント
今回の事件は警察組織内の話ですが、私たち一般市民の個人情報も同様のリスクにさらされています。銀行、保険会社、通信事業者など、私たちの重要な個人情報を扱う組織で内部不正が発生すれば、以下のような被害が想定されます:
・金融口座の不正利用
・身元情報を使った詐欺被害
・プライバシーの重大な侵害
・ストーカー行為や嫌がらせの標的化
このような被害から身を守るためには、アンチウイルスソフト
の導入が有効です。個人情報が漏洩した際のモニタリング機能や、不審なアクセスをリアルタイムで検知する機能を持つセキュリティソフトを選ぶことで、被害の早期発見と拡大防止が可能になります。
中小企業が取るべき緊急対策
中小企業では、限られた人数で機密情報を管理しているため、一人の内部不正が会社の存続に関わる事態を招く可能性があります。実際に私が対応した事例では、経理担当者が顧客情報を競合他社に売却し、会社が数千万円の損害賠償を請求されるケースもありました。
すぐに実装できる対策:
1. アクセス権限の最小化:業務に必要最小限の権限のみ付与
2. 監査ログの定期確認:不審なアクセス履歴の早期発見
3. 二人以上でのダブルチェック体制:重要データへのアクセスは複数人で管理
4. 退職時の権限剥奪の徹底:退職予定者の情報アクセスを段階的に制限
技術的な対策とフォレンジック証拠保全
デジタルフォレンジックの重要性
今回の事件でも、警察が「その後の警察への取材で」詳細を把握したとあるように、内部不正の立証には詳細なデジタル証拠の分析が不可欠です。
企業で内部不正が疑われる場合、以下の証拠保全が必要になります:
・システムアクセスログ
・メール送受信履歴
・ファイルアクセス履歴
・外部デバイス使用履歴
・印刷ログ
予防的措置としての技術導入
VPN
の利用は、リモートワーク環境での情報漏洩リスクを大幅に軽減します。社外からのアクセスを暗号化された安全な経路で行うことで、通信内容の傍受や改ざんを防げます。
また、Webサイトを運営している企業では、Webサイト脆弱性診断サービス
の定期実施が重要です。内部不正により管理者権限が悪用されると、Webサイトを通じた大規模な情報漏洩や改ざん被害につながる可能性があります。
組織文化と人的セキュリティの改革
「性善説」からの脱却
今回の事件で特に注目すべきは、OBからの依頼という「人間関係」が犯行の引き金になった点です。日本の組織では、先輩や上司からの依頼を断りにくい文化がありますが、情報セキュリティの観点では、この文化そのものが脆弱性となります。
実効性のある従業員教育
形式的なセキュリティ研修ではなく、以下のような実践的な教育が必要です:
・具体的な内部不正事例の共有
・「怪しい依頼」を受けた時の対処法
・匿名での通報制度の整備
・セキュリティ違反を発見した際の報告義務
インシデント発生時の対応フレームワーク
初動対応の重要性
内部不正が発覚した際は、以下の順序で対応することが重要です:
1. 証拠保全:関係者のPC、メール、アクセスログの即座の確保
2. 被害範囲の特定:漏洩した情報の種類と量の把握
3. 法的対応:弁護士、警察への相談
4. 関係者への通知:影響を受ける可能性のある顧客・取引先への連絡
5. 再発防止策の実装:システム・運用両面での改善
まとめ:信頼と検証のバランス
今回の大阪府警の事件は、「信頼できる立場の人物による裏切り」がいかに深刻な被害をもたらすかを示しています。しかし、だからといって全ての従業員を疑って働きにくい環境を作ることは適切ではありません。
重要なのは「Trust but Verify(信頼するが検証する)」の原則です。人を信頼しつつも、システムとプロセスで不正を防止・検知する仕組みを整備することが、現代の組織運営には不可欠です。
個人レベルでも、自分の情報がどこでどのように管理されているかに関心を持ち、適切なセキュリティツールで自衛することが重要になってきます。内部不正は「他人事」ではなく、私たち全員が当事者として向き合うべき問題なのです。

