1850億円規模のDeFiハッキング事件が暗号資産市場を震撼
2025年1月3日、脱中央化取引所(DEX)のバランサー(Balancer)で発生したハッキング事件は、DeFi(脱中央化金融)業界に大きな衝撃を与えました。被害額は1億2800万ドル(約1850億円)にも上り、この事件の影響でビットコインは4.6%、イーサリアムは8.9%も急落しています。
現役のサイバーセキュリティアナリストとして多くのハッキング事例を分析してきた経験から言えることは、今回の攻撃は単なる技術的な脆弱性を突いたものではなく、極めて計画的で高度な手法が用いられているということです。
北朝鮮ラザルスグループとの類似点
今回のバランサーハッキングで最も注目すべき点は、その手法が北朝鮮のハッカー集団「ラザルス(Lazarus)」と酷似していることです。
長期間の潜伏と準備
ブロックチェーン分析によって明らかになった攻撃者の行動パターンは以下の通りです:
- 数ヶ月間の準備期間:攻撃者は事前に長期間かけて攻撃の準備を行っていた
- トルネードキャッシュの活用:痕跡を残さないため、0.1ETH単位で小額を継続的に入金
- 過去のハッキング資金のリサイクル:以前の攻撃で得た資金を再利用
米国最大の暗号資産取引所コインベースのコーナー・グローガン理事は、「100ETHがトルネードキャッシュスマートコントラクトに預けられており、これは過去のハッキング資金と連結された可能性が高い」と分析しています。
実際に私が過去に調査したケースでも、ラザルスグループは長期間の「静寂期」を設けて目標を選定し、インフラを点検する傾向があります。昨年下半期に活動を停止した後、1兆9000億円規模のバイビットハッキングを実行したのも同じパターンです。
ガバナンス攻撃の新たな脅威
今回の事件で特に注視すべきは、従来のスマートコントラクトの技術的脆弱性ではなく、ガバナンス(運営統治)の弱点を突いた攻撃だったことです。
ブロックチェーンセキュリティ会社サイバース(Cyvers)のデディ・ラビドCEOは、この攻撃を「2025年に入って最も精巧で体系的な攻撃」と評価しています。攻撃者は運営ガバナンスのアクセス制御の弱点を利用して直接残高を操作したのです。
従来のセキュリティ対策では不十分
これまでのDeFiセキュリティは主に静的なコード監査に依存していましたが、今回の事件は以下の必要性を浮き彫りにしました:
- リアルタイムモニタリング
- 異常取引探知システム
- ガバナンス構造の見直し
- 管理者キー管理の強化
個人投資家が取るべき対策
DeFiプラットフォームを利用する個人投資家の皆さんにとって、今回の事件は他人事ではありません。フォレンジック調査の現場で見てきた経験から、以下の対策を強くお勧めします。
1. セキュリティソフトの導入
まず基本的なことですが、お使いのデバイスには必ずアンチウイルスソフト
を導入してください。DeFiプラットフォームにアクセスする際、マルウェアに感染したデバイスから秘密鍵が盗まれるリスクがあります。
2. VPNの活用
DeFi取引を行う際は、VPN
の使用を強く推奨します。特に公共Wi-Fiを使用する場合、通信内容が盗聴される可能性があります。
3. ハードウェアウォレットの使用
大きな金額を扱う場合は、ソフトウェアウォレットではなくハードウェアウォレットを使用しましょう。秘密鍵がオフラインで管理されるため、オンライン攻撃のリスクを大幅に軽減できます。
企業が直面するWebサイトセキュリティの課題
今回のバランサー事件は、DeFiプラットフォームだけでなく、一般的なWebサイトを運営する企業にとっても重要な教訓があります。
企業のWebサイトも、ガバナンス攻撃や権限昇格攻撃の標的になる可能性があります。定期的なWebサイト脆弱性診断サービス
の実施により、こうした高度な攻撃手法に対する脆弱性を早期発見することが重要です。
資金洗浄の手口と今後の展望
ラザルスグループは今年初め、奪取した資金をDeFiクロスチェーンプロトコル「トールチェーン」を通じてわずか10日で全量洗浄したことが判明しています。今回のバランサー攻撃でも、同様の洗浄経路が活用される可能性が高いと専門家は分析しています。
バランサー側は攻撃者に対して20%のホワイトハッカー報奨金を提案していますが、過去のラザルスグループの行動パターンから見て、応じる可能性は低いでしょう。
DeFiセキュリティの転換点
今回の事件は、DeFiインフラにおける「ガバナンスセキュリティ」の転換点と位置づけられています。技術的な脆弱性対策だけでなく、以下の要素を包括的に見直す必要があります:
- 運営者のアクセス権限管理
- 管理者キーの適切な管理
- トランザクション承認手続きの強化
- AI基盤の異常検知システムの導入
まとめ:サイバーセキュリティは継続的な投資
今回のバランサーハッキング事件は、DeFi業界だけでなく、すべてのデジタル資産を扱う個人・企業にとって重要な警鐘となっています。
攻撃手法は日々進化しており、従来の静的な対策では不十分です。個人投資家の方々は適切なセキュリティソフトとVPN
の使用を、企業の方々は定期的な脆弱性診断の実施を検討してください。
サイバーセキュリティは「一度やったら終わり」ではなく、継続的な投資と改善が必要な分野です。今回の事件を教訓に、皆さんのデジタル資産を守るための対策を見直してみてはいかがでしょうか。

