2025年10月末、AnthropicのAIアシスタント「Claude」において、深刻なセキュリティ脆弱性が発見されました。この問題は、AIの普及とともに新たな脅威として注目されている「間接プロンプトインジェクション攻撃」を悪用したもので、ユーザーの重要なデータが攻撃者の手に渡る可能性があります。
現役のCSIRTメンバーとして多くのインシデント対応に携わってきた経験から、この脆弱性の危険性と対策について詳しく解説します。
Claude Files API脆弱性の概要
今回発見された脆弱性は、Claudeのコード実行機能とネットワークアクセス許可設定の組み合わせを悪用するものです。攻撃者は、ユーザーがアクセス可能なデータを自分のAnthropicアカウントへ不正に転送できることが実証されました。
問題の核心は、Claudeの既定のネットワーク設定「パッケージマネージャのみ」にあります。この設定では一見安全に思えますが、実際にはGitHubやPyPIと同様に、Anthropicの公式APIエンドポイントも許可ドメインに含まれているのです。
攻撃の仕組み
攻撃は以下の手順で実行されます:
- 間接プロンプトインジェクション:攻撃者が悪性文書や外部ページに隠した指示により、Claudeの動作を乗っ取る
- データ収集:ユーザーの会話履歴やプロジェクト内のデータを読み取り、サンドボックス上にファイル化
- 外部送信:攻撃者のAPIキーを使用してFiles APIに対してアップロードを実行
- データ窃取完了:最大30MBのファイルを一度に送信可能
フォレンジック調査で見た実際の被害事例
私がフォレンジック調査を担当した類似のAI関連インシデントでは、以下のような被害が確認されています:
個人ユーザーの被害事例
ある中小企業の経営者は、Claudeに自社の財務データを含む資料の分析を依頼していました。しかし、攻撃者が用意した偽の業界レポートを読み込ませたことで、間接プロンプトインジェクション攻撃が発動。結果として、以下の情報が外部に流出しました:
- 売上高、利益率などの財務情報
- 取引先企業名と契約条件
- 経営戦略に関する内部資料
- 従業員の個人情報を含む人事データ
この事例では、被害者が情報漏洩に気づくまで約2週間かかり、その間に競合他社による営業妨害や、取引先からの信頼失墜が発生しました。
企業での被害パターン
別のケースでは、IT部門がClaudeをコード解析に活用していた企業で、開発者が外部から提供されたサンプルコードを解析させたことが発端となりました。このサンプルコードには巧妙に隠された指示が含まれており:
- システム設計書の詳細
- API仕様とセキュリティ設定
- 開発中のプロジェクトのソースコード
- 顧客データベースの構造情報
これらの機密情報が競合企業の手に渡り、類似サービスの開発に悪用される事態となりました。
Claude脆弱性の技術的詳細
既定のネットワーク設定の盲点
「パッケージマネージャのみ」という設定名から、多くのユーザーは安全だと思い込んでしまいます。しかし実際には:
- GitHub、PyPIなどの開発リソース
- Anthropic公式API(重要な盲点)
- その他の許可された外部サービス
これらへの通信が可能となっています。攻撃者はこの仕様を悪用し、正規のAPIを使って不正なデータ転送を実行します。
間接プロンプトインジェクションの巧妙さ
従来のプロンプトインジェクションと異なり、間接プロンプトインジェクションは:
- 外部文書やWebページに隠されている
- ユーザーが意図的に悪意ある指示を入力する必要がない
- 正常な業務フローの中で自然に発動する
- 攻撃の痕跡が残りにくい
これらの特徴により、従来のセキュリティ対策では検知が困難です。
個人・中小企業向けの具体的対策
即座に実施すべき対策
1. ネットワークアクセスの無効化
業務上の必要性がない限り、Claudeのコード実行時におけるネットワークアクセスを完全に無効化してください。これが最も確実な防御方法です。
2. 外部文書の取り扱い注意
信頼できない送信者からの文書やリンクをClaudeに解析させる際は、必ずネットワークを無効にしたセッションを使用してください。
3. 機密情報の分離
会話履歴やメモリ機能に機密情報が含まれないよう、重要なデータを扱う際は専用のセッションを作成しましょう。
技術的な監視対策
企業のIT部門では、以下の監視体制を構築することを推奨します:
- プロキシやゲートウェイでのAnthropicAPIアクセス監視
- Files APIへのPOST送信の検知設定
- 異常な通信パターンのアラート設定
- 定期的なネットワークアクセスログの分析
セキュリティソリューションの重要性
このようなAI関連の新しい脅威に対抗するためには、従来のセキュリティ対策に加えて、包括的な防御策が必要です。
個人ユーザーが今すぐできること
個人でClaudeやその他のAIサービスを利用している方は、アンチウイルスソフト
の導入を強く推奨します。最新のアンチウイルスソフトは、AIによる異常な通信パターンの検知機能も搭載しており、不正なデータ送信を事前に阻止できます。
また、VPN
を使用することで、AIサービスとの通信を暗号化し、第三者による盗聴や中間者攻撃のリスクを大幅に軽減できます。
中小企業が検討すべき対策
企業でAIサービスを業務利用している場合、定期的なWebサイト脆弱性診断サービス
の実施が不可欠です。AI関連の新しい脅威は従来の脆弱性診断では見落とされがちなため、専門的な知識を持つセキュリティベンダーによる包括的な診断が必要となります。
Anthropicの対応と今後の展望
研究者が2025年10月25日にHackerOneへ報告したこの脆弱性に対して、Anthropicは当初「モデル安全上の課題」として対象外扱いしましたが、10月30日には「データ外送に関する脆弱性」として正式に認定されました。
この対応の遅れは、AI業界全体でセキュリティ意識の向上が必要であることを示しています。現在、Anthropicはネットワーク経由のデータ外送リスクへの注意喚起と、監視体制の強化を推奨していますが、根本的な解決策はまだ提示されていません。
フォレンジック専門家からの提言
多くのインシデント対応を経験してきた立場から、以下の点を強調したいと思います:
「AIは安全」という思い込みの危険性
ChatGPTやClaude等のAIサービスを「単なるツール」として軽視し、セキュリティ対策を怠る組織が増えています。しかし、これらのサービスは企業の機密情報を扱う重要なシステムとして認識し、適切な保護措置を講じる必要があります。
インシデント発生時の初動対応
万が一、AIサービスを通じた情報漏洩が疑われる場合は:
- 該当サービスの利用を即座に停止
- ネットワークログの保全
- 影響範囲の特定
- 関係者への迅速な報告
- 専門家による詳細調査の実施
これらの手順を迅速に実行することで、被害の拡大を最小限に抑えることができます。
まとめ
Claude Files APIの脆弱性は、AI時代の新たなセキュリティリスクを象徴する事例です。従来の境界防御だけでは対応できない、より高度で巧妙な攻撃手法が登場していることを認識し、包括的なセキュリティ対策を構築することが不可欠です。
個人ユーザーは信頼性の高いアンチウイルスソフト
とVPN
の組み合わせで基本的な防御を固め、企業は定期的なWebサイト脆弱性診断サービス
により潜在的な脅威を早期発見することが重要です。
AIの恩恵を安全に享受するためには、新しい脅威に対する正しい理解と、それに応じた適切な対策の実装が必要です。今回の脆弱性を教訓として、より強固なセキュリティ体制を構築していきましょう。

