2024年10月に発生した岡山県庁の公式Webサイト改ざん事件は、地方自治体のサイバーセキュリティの脆弱性を浮き彫りにしました。攻撃者はサーバーソフトウェアの脆弱性を突いて7つのWebサイトを改ざんし、オンラインカジノサイトへの誘導コードを埋め込んだのです。
現役のCSIRTメンバーとして数多くのWebサイト改ざん事件を調査してきた経験から言えば、この手の攻撃は決して珍しいものではありません。むしろ、個人や中小企業のWebサイトでは日常茶飯事に起こっているのが実情です。
岡山県庁Webサイト改ざん事件の詳細
攻撃の概要と手口
今回の攻撃は以下のような経過を辿りました:
- 攻撃期間:2024年10月9日〜13日
- 攻撃対象:サーバー内の7つのWebサイト
- 攻撃手法:サーバーソフトウェアの脆弱性を利用
- 改ざん内容:オンラインカジノサイトへの誘導コードの埋め込み
- 対応:10月13日にサーバー閉鎖、11月6日に復旧
興味深いのは、攻撃者がオンラインカジノサイトへの誘導を狙ったという点です。これは近年増加している「SEOポイズニング攻撃」の一種で、改ざんしたWebサイトの検索エンジンでの信頼性を悪用して、違法性の高いサイトへユーザーを誘導する手口です。
被害の範囲と影響
幸い今回の事件では以下のような状況でした:
- 個人情報の流出は確認されず
- 攻撃を受けたサーバーには個人情報入力機能なし
- 他サイトへ誘導された被害も未確認
しかし、これは運が良かっただけです。実際のフォレンジック調査では、改ざんされたWebサイトから大量の個人情報が流出するケースが後を絶ちません。
Webサイト改ざん攻撃の一般的な手口
1. 脆弱性攻撃(Vulnerability Exploitation)
今回の岡山県庁の事例のように、サーバーソフトウェアやCMS(WordPress、Drupalなど)の既知の脆弱性を突く攻撃です。攻撃者は以下のような脆弱性を狙います:
- 古いバージョンのソフトウェアの未パッチ脆弱性
- 設定ミスによるセキュリティホール
- プラグインやテーマの脆弱性
私が調査した事例では、WordPress の古いプラグインの脆弱性を突かれ、個人事業主のECサイトが改ざんされたケースがありました。顧客の個人情報約3,000件が漏洩し、損害賠償や信頼回復に約500万円の費用がかかりました。
2. SQLインジェクション攻撃
Webアプリケーションの入力フォームの脆弱性を利用して、データベースに不正なコードを注入する攻撃です。これにより、データベース内の情報の閲覧や改ざんが可能になります。
3. 不正ログイン攻撃
弱いパスワードや流出した認証情報を使って管理画面に侵入し、サイトを改ざんする手口です。特に「admin」「password」のような単純なパスワードを使っているサイトは格好の標的となります。
改ざん攻撃の目的と被害パターン
SEOポイズニング(検索エンジン最適化汚染)
今回の岡山県庁の事例のように、改ざんしたWebサイトにギャンブルサイトやアダルトサイトへのリンクを埋め込み、検索エンジンでの上位表示を狙う手口です。
フィッシング詐欺への誘導
正規のWebサイトを改ざんして偽のログインページを設置し、ユーザーの認証情報を盗み取る手口です。銀行やクレジットカード会社のサイトを模倣したページへ誘導することが多いです。
マルウェア配布
改ざんしたWebサイトにマルウェアをダウンロードするコードを埋め込み、訪問者のパソコンを感染させる手口です。感染したパソコンは機密情報の窃取や、さらなる攻撃の踏み台として利用されます。
個人・中小企業のWebサイトが狙われやすい理由
セキュリティ対策の不備
限られた予算とリソースの中で、セキュリティ対策が後回しになりがちです。私が調査した中小企業の事例では、以下のような問題がよく見られます:
- CMSやプラグインのアップデートを長期間していない
- 管理者パスワードが単純で使い回されている
- セキュリティ監視体制が整っていない
- バックアップが適切に取られていない
攻撃の発見が遅れやすい
大企業や官公庁と違い、24時間365日のセキュリティ監視体制を構築している中小企業は少なく、攻撃を受けても発見が遅れがちです。その結果、被害が拡大しやすい傾向があります。
効果的なWebサイトセキュリティ対策
1. 定期的なソフトウェアアップデート
最も基本的で重要な対策です。以下の項目を定期的にチェックしましょう:
- OS(オペレーティングシステム)
- Webサーバーソフトウェア
- CMS本体
- プラグインやテーマ
- データベースソフトウェア
2. 強固な認証システムの導入
管理画面への不正ログインを防ぐため、以下の対策を実施しましょう:
- 複雑で長いパスワードの設定
- 二要素認証(2FA)の導入
- ログイン試行回数の制限
- 管理画面へのIP制限
3. 定期的な脆弱性診断
専門業者によるWebサイト脆弱性診断サービス
を定期的に実施することで、潜在的な脅威を早期発見できます。特に個人情報を扱うECサイトや会員制サイトでは必須と言えるでしょう。
4. WAF(Web Application Firewall)の導入
Webアプリケーションレベルでの攻撃を防ぐため、WAFの導入を検討しましょう。SQLインジェクションやクロスサイトスクリプティング攻撃などを効果的に防御できます。
5. セキュリティ監視とログ解析
リアルタイムでの攻撃検知と迅速な対応のため、以下の仕組みを整備しましょう:
- アクセスログの監視
- 異常なトラフィックパターンの検出
- ファイル改ざん検知システム
- セキュリティインシデント対応計画
改ざん被害を受けた場合の対応手順
緊急対応(発見から24時間以内)
- サイトの一時閉鎖:被害拡散を防ぐため即座にサイトを停止
- 証拠保全:ログファイルや改ざんされたファイルのバックアップ取得
- 被害範囲の確認:どのファイルが改ざんされたかの調査
- 関係者への連絡:顧客、取引先、所管省庁への報告
復旧作業(1週間程度)
- 原因分析:攻撃経路と脆弱性の特定
- セキュリティ対策の実施:脆弱性の修正と強化策の導入
- システムの再構築:クリーンなバックアップからの復元
- セキュリティテスト:再発防止策の有効性確認
事後対応(1ヶ月程度)
- 監視体制の強化:継続的なセキュリティ監視の実装
- 再発防止策の策定:インシデント対応計画の見直し
- 従業員教育:セキュリティ意識向上のための研修実施
- 定期監査の実施:第三者によるセキュリティ評価
個人ユーザーができる自衛策
Webサイト運営者だけでなく、一般のインターネットユーザーも改ざんされたサイトの被害に遭う可能性があります。以下の対策を心がけましょう:
1. 信頼できるアンチウイルスソフト の利用
マルウェア配布サイトへのアクセスをブロックし、感染を防ぎます。リアルタイムスキャン機能により、ダウンロードファイルの安全性もチェックできます。
2. VPN の活用
公衆Wi-Fiなどの安全でないネットワークでインターネットを利用する際は、VPNを使用することで通信内容の盗聴や改ざんを防げます。
3. ブラウザとOSの最新化
セキュリティパッチが適用された最新版を使用することで、既知の脆弱性を突く攻撃から身を守れます。
今後のWebサイトセキュリティの展望
近年、AI技術を活用した攻撃が増加しており、従来の対策だけでは不十分になりつつあります。機械学習による異常検知システムや、AI駆動型のセキュリティソリューションの導入を検討する時期に来ています。
また、サプライチェーン攻撃の増加により、自社のシステムだけでなく、利用している外部サービスのセキュリティ状況も把握する必要があります。
岡山県庁の事例のように、地方自治体でも高度なサイバー攻撃の標的となる時代です。個人事業主から大企業まで、すべてのWebサイト運営者がセキュリティ対策を真剣に検討する必要があります。
特に個人情報や機密情報を扱うサイトでは、専門業者による定期的なWebサイト脆弱性診断サービス
の実施と、包括的なセキュリティ対策の導入が不可欠です。

