信頼していた身内が裏切り者だった時のショック
2025年1月12日、警視庁で組織犯罪を追う現場の中心人物である警部補(43歳)が、捜査対象である国内最大級のスカウトグループ「ナチュラル」に捜査情報を漏らしていたとして逮捕されました。
この事件、実は私たちの身近にも起こりうる「内部脅威」の典型例なんです。組織の内部にいる信頼された人物が、その立場を悪用して機密情報を外部に流出させる。これほど恐ろしいセキュリティインシデントはありません。
なぜなら、外部からのサイバー攻撃なら防御策がありますが、内部の人間による裏切りは「想定していない攻撃」だからです。
内部脅威が引き起こす深刻な被害とは
京都産業大学の田村正博教授(警察行政法)が指摘する通り、捜査情報の漏洩は二つの大きな影響をもたらします:
1. 容疑者の逃走と証拠隠滅
事前に捜査情報を知った犯罪者は、証拠を隠滅し、逃走する時間を得てしまいます。これにより立件が困難になり、正義の実現が阻害されます。
2. 関係者の名誉と権利の侵害
被害者や情報提供者の身元が特定されるリスクが生じ、二次被害や報復の恐れが出てきます。
これらの影響は、一般企業においても同様です。社員による機密情報の漏洩は、競合他社への技術流出、顧客情報の悪用、株価の暴落など、計り知れない損害をもたらします。
なぜ内部脅威は防ぎにくいのか
今回逮捕された警部補は「現場の最前線で捜査にあたる中心的な立場」にあり、まさに組織の要となる人物でした。こうした重要なポジションにいる人物による情報漏洩は、なぜ起こってしまうのでしょうか。
アクセス権限の問題
重要な職位にいる人物は、必然的に機密情報へのアクセス権限を持っています。この特権的な立場を悪用されると、外部からは検知が困難です。
信頼関係による油断
長年の実績と信頼関係により、その人物の行動に疑いの目が向けられにくくなります。「まさかあの人が」という心理的盲点が生まれます。
動機の複雑さ
金銭的な誘惑、恨み、脅迫など、内部脅威の動機は外部からは見えにくく、予測が困難です。
個人・企業が今すぐできる内部脅威対策
フォレンジックアナリストとして数多くのインシデント対応を行ってきた経験から、効果的な内部脅威対策をお伝えします。
個人レベルでの対策
1. デジタル活動の監視
アンチウイルスソフト
を使用して、自分のデバイスが不正な通信を行っていないか定期的にチェックしましょう。内部脅威者は、あなたのデバイスを踏み台にして情報を盗み出す可能性があります。
2. 通信の暗号化
VPN
を使用することで、たとえ内部脅威者がネットワークトラフィックを監視していても、あなたの個人情報や通信内容を保護できます。
企業レベルでの対策
1. アクセス制御の徹底
「必要最小限の原則」に基づき、各従業員に必要な情報のみへのアクセスを許可します。たとえ信頼できる社員であっても、職務に関係ない情報へのアクセスは制限すべきです。
2. 行動監視とログ分析
従業員のシステムアクセスログを定期的に分析し、異常な行動パターンを検知します。深夜の大量データアクセスや、通常業務では必要ない情報への頻繁なアクセスなどは要注意です。
3. 定期的な脆弱性診断
Webサイト脆弱性診断サービス
を利用して、内部脅威者が悪用可能な技術的脆弱性を事前に発見・修正することが重要です。
CSIRTの現場から見た内部脅威の実例
私がCSIRTで対応した実際のケースをご紹介します(個人情報は秘匿)。
ケース1:退職予定の経理担当者による顧客情報流出
転職が決まった経理担当者が、転職先での優位性を得るために顧客データベースから5万件の個人情報を私物のUSBメモリにコピー。幸い転職先の良心的な対応により発覚しましたが、GDPR違反により数百万円の制裁金が課せられました。
ケース2:システム管理者による競合他社への技術情報売却
金銭的困窮に陥ったシステム管理者が、管理者権限を悪用して開発中の新製品情報を競合他社に売却。1年間の開発成果が水の泡となり、会社は市場での競争力を大幅に失いました。
これらの事例からも分かるように、内部脅威は「起こりうる」のではなく「いつ起こってもおかしくない」リスクなのです。
早期発見のための警告サイン
内部脅威を早期発見するための警告サインをお教えします:
行動面の変化
– 残業時間の急激な増加(特に他の社員がいない時間帯)
– USBメモリやポータブルHDDの持ち込み頻度の増加
– 印刷量の急激な増加
– 同僚との会話を避ける傾向
システム面の異常
– 業務時間外の大量データアクセス
– 通常アクセスしない部門の情報への頻繁なアクセス
– ファイルのダウンロード・コピー操作の急増
– 外部ストレージへのデータ転送
万が一、内部脅威が発生した場合の対応
内部脅威が発覚した場合の対応手順:
1. 即座の権限停止
該当者のシステムアクセス権限を即座に停止し、物理的なアクセスも制限します。
2. 証拠保全
フォレンジック調査のため、該当者が使用していたデバイスやアカウントのデジタル証跡を適切に保全します。
3. 被害範囲の特定
漏洩した情報の種類と範囲を正確に把握し、影響を受ける関係者への通知を準備します。
4. 法的対応の検討
必要に応じて法執行機関への通報や民事訴訟の検討を行います。
まとめ:信頼関係と適切な対策の両立が重要
今回の警視庁警部補による情報漏洩事件は、どんなに信頼関係があっても、組織には適切なセキュリティ対策が必要であることを改めて示しています。
内部脅威対策は、決して従業員への不信から生まれるものではありません。むしろ、組織全体と個人を守るための「転ばぬ先の杖」なのです。
個人の方はアンチウイルスソフト
やVPN
で自分の情報を保護し、企業の方はWebサイト脆弱性診断サービス
で組織全体のセキュリティレベルを向上させることから始めてみてください。
「まさか身内が」という驚きを「きちんと対策していてよかった」という安心に変えることができるよう、今日から行動を起こしていきましょう。

