2025年11月12日、警視庁で衝撃的な事件が発覚しました。暴力団対策課の警部補が、担当していた捜査情報を犯罪組織に漏洩していたとして逮捕されたのです。この事件は、どんなに厳格な組織であっても内部脅威のリスクから逃れられないことを如実に示しています。
現役のCSIRTメンバーとして数多くのインシデント対応を手がけてきた経験から言えることは、最も防ぎにくく、かつ最も深刻な被害をもたらすのが内部脅威だということです。
内部脅威とは何か?その恐ろしさを理解する
内部脅威(Insider Threat)とは、組織内部の人間による悪意のある行為や過失による情報漏洩・システム侵害のことを指します。今回の警視庁の事件は典型的な内部脅威の事例です。
なぜ内部脅威が特に危険なのでしょうか?それは以下の理由があります:
- 正当なアクセス権限を持っている:外部の攻撃者と違い、業務上必要な情報にアクセスする権限を既に持っている
- セキュリティ対策を熟知している:組織のセキュリティ体制を理解しているため、検知を回避しやすい
- 信頼されている立場:同僚や上司からの信頼があるため、不審な行動も見過ごされやすい
- 長期間の潜伏が可能:今回の事件のように、長期間にわたって情報漏洩を続けることができる
実際の被害事例:フォレンジック調査で判明した内部脅威の実態
私がこれまでに担当したフォレンジック調査の中で、特に印象深い内部脅威の事例をいくつかご紹介します(もちろん、守秘義務の範囲内で一般化した内容です)。
事例1:中小企業の経理担当者による情報漏洩
ある製造業の中小企業で、経理担当者が競合他社に顧客情報や価格情報を漏洩していた事件がありました。調査の結果、この担当者は転職活動の一環として、転職先の企業に「手土産」として情報を提供していたことが判明しました。
この事例では、以下のようなデジタル痕跡が発見されました:
- 業務時間外のファイルアクセス履歴
- USBメモリへの大量データ複製
- 個人メールアドレスへの会社情報の送信
事例2:システム管理者による不正アクセス
IT企業のシステム管理者が、自身の権限を悪用して顧客のクレジットカード情報を不正に取得していた事例もありました。この管理者は正当な権限でアクセスしていたため、従来のセキュリティシステムでは検知できませんでした。
発覚のきっかけは、たまたま実施された内部監査でした。しかし、その時点で既に数千件の個人情報が漏洩していたのです。
内部脅威を早期発見するための対策
では、このような内部脅威からどのように組織を守ればよいのでしょうか?効果的な対策をいくつかご紹介します。
1. アクセス制御の徹底
最小権限の原則に基づき、従業員には業務に必要最小限の権限のみを付与します。また、定期的な権限の見直しも重要です。
2. ログ監視と異常検知
すべてのシステムアクセスを記録し、異常なアクセスパターンを検知するシステムの導入が必要です。特に以下のような行動パターンに注意を払います:
- 通常業務時間外のアクセス
- 大量のデータダウンロード
- 通常業務に関係ないファイルへのアクセス
- 外部記録媒体への大量データ転送
3. 従業員教育と意識向上
内部脅威の存在について従業員に教育し、同僚の不審な行動を報告する文化を作ることが重要です。
4. 技術的対策の導入
DLP(Data Loss Prevention)ソリューションや、ユーザー行動分析(UBA)ツールの導入により、技術的に内部脅威を検知・防止します。
個人や小規模事業者でもできる内部脅威対策
大企業のような高度なセキュリティシステムを導入できない個人事業主や小規模事業者でも、以下のような対策は可能です:
基本的なセキュリティ対策
まず基本となるのは、信頼性の高いアンチウイルスソフト
の導入です。これにより、マルウェアやスパイウェアによる情報窃取を防ぐことができます。
リモートアクセスの保護
在宅勤務やリモートワークが一般的になった今、VPN
の使用は必須です。信頼できない公衆Wi-Fiを使用する際も、暗号化された通信により情報漏洩のリスクを大幅に軽減できます。
Webサイトのセキュリティ対策
自社のWebサイトを運営している場合は、定期的なWebサイト脆弱性診断サービス
の実施により、脆弱性を早期発見・対処することが重要です。内部犯行者がこれらの脆弱性を悪用する可能性もあるからです。
フォレンジック調査による証拠保全の重要性
もし内部脅威による被害が発生した場合、迅速な証拠保全が極めて重要です。デジタルフォレンジックの観点から、以下のポイントを押さえておく必要があります:
証拠保全のタイミング
内部脅威を発見した瞬間から証拠保全は始まります。対象者に気づかれる前に、以下の証拠を確保する必要があります:
- アクセスログ
- ファイルアクセス履歴
- メール送受信記録
- USBデバイスの使用履歴
- ネットワーク通信ログ
適切な証拠保全手順
証拠の改ざんを防ぐため、以下の手順を遵守する必要があります:
- 対象システムの即座な隔離
- 証拠保全チェーンの確立
- 専門的なフォレンジックツールの使用
- 法的要件を満たす証拠収集
まとめ:継続的な対策が内部脅威から組織を守る
今回の警視庁警部補による情報漏洩事件は、どんな組織でも内部脅威のリスクは存在することを改めて示しました。重要なのは、「うちの会社では起こらない」という思い込みを捨て、継続的な対策を講じることです。
内部脅威対策は一度実施すれば終わりというものではありません。定期的な見直しと改善を繰り返し、組織全体のセキュリティ意識を高め続けることが何より大切です。
特に個人事業主や中小企業の場合は、限られたリソースの中で効果的な対策を講じる必要があります。基本的なセキュリティツールの導入から始めて、段階的にセキュリティレベルを向上させていくことをお勧めします。

