2025年11月、日本の治安を守る最前線で衝撃的な事件が発覚しました。警視庁暴力団対策課の警部補が、捜査対象であるスカウトグループに対して捜査情報を漏洩していたのです。
フォレンジックアナリストとして数多くの内部脅威事件を調査してきた経験から言えることは、この事件は決して「警察だけの問題」ではないということです。むしろ、あらゆる組織が直面する可能性のある深刻なセキュリティリスクを浮き彫りにしています。
事件の概要:信頼の裏切りが生んだ情報漏洩
今回の事件では、警視庁暴力団対策課の神保大輔容疑者(43歳・警部補)が、捜査対象であるスカウトグループ「ナチュラル」に対して捜査情報を漏らしたとして逮捕されました。
特に注目すべきは、情報漏洩の手口です:
- 容疑者のスマートフォンに、ナチュラルが独自開発したアプリをインストール
- そのアプリを通じて捜査用カメラの画像を送信
- 2023年頃から今春まで継続的に関係を維持
- 自宅からは数百万円とも言われる現金が押収
これは典型的な「内部脅威(Insider Threat)」の事例です。組織内部の信頼される立場にいる人物が、その特権的なアクセス権限を悪用して情報を外部に流出させる手口なのです。
なぜ内部脅威は発見が困難なのか?
私がこれまでに調査した企業の情報漏洩事件でも、内部脅威による被害は後を絶ちません。その理由は明確です:
1. 正当なアクセス権限を持っている
内部者は業務上必要な権限でシステムにアクセスするため、通常のセキュリティシステムでは異常として検知されにくいのです。今回の事件でも、警部補という立場上、捜査情報へのアクセスは「正当な業務」として扱われていました。
2. 行動パターンが分析しづらい
外部からのサイバー攻撃とは異なり、内部者の行動は日常業務の延長線上にあるため、不審な活動として識別することが困難です。
3. 長期間にわたって継続される
今回の事件も2023年頃から継続されていたように、内部脅威は長期間にわたって継続されることが多く、被害が深刻化しやすい特徴があります。
個人・中小企業が狙われる内部脅威の実態
「うちは小さな会社だから大丈夫」と思っていませんか?実は、中小企業こそ内部脅威のリスクが高いことを知っておく必要があります。
中小企業で実際に起きた事例
事例1:不動産会社での顧客情報漏洩
従業員20名程度の不動産会社で、営業担当者が顧客の個人情報を競合他社に売却。約500件の顧客情報が流出し、損害賠償と信頼失墜で会社は倒産寸前まで追い込まれました。
事例2:製造業での技術情報漏洩
従業員50名の精密機器製造会社で、技術者が転職先企業に設計図面を持ち出し。競合製品の開発に利用され、特許侵害訴訟に発展しました。
事例3:IT企業でのソースコード流出
開発チーム10名のソフトウェア会社で、プログラマーがソースコードをUSBメモリで持ち出し。フリーランスとして独立後、同様のシステムを安価で提供し始めました。
個人事業主・フリーランスのリスク
個人事業主やフリーランサーの場合、クライアントから預かった機密情報の管理が不適切だと、以下のようなリスクがあります:
- パソコンの盗難・紛失による情報流出
- 家族による誤操作での情報漏洩
- 外部委託先(デザイナー、プログラマーなど)による情報悪用
- クラウドストレージの設定ミスによる情報公開
今すぐできる内部脅威対策
内部脅威を完全に防ぐことは困難ですが、リスクを大幅に軽減することは可能です。以下の対策を段階的に実施してください:
レベル1:基本的なセキュリティ対策
1. アンチウイルスソフト
の導入
最新のアンチウイルスソフト
は、不審なアプリケーションの動作や外部への大量データ送信を検知できます。今回の事件のように専用アプリを使った情報漏洩も、適切な設定により検知可能です。
2. アクセス権限の最小化
業務に必要最小限のデータにのみアクセス可能な権限設定を行う「最小権限の原則」を徹底してください。
3. ログの記録と監視
誰が、いつ、どのデータにアクセスしたかを記録し、定期的にチェックする仕組みを構築しましょう。
レベル2:通信の暗号化とプライバシー保護
VPN
の活用
特に在宅勤務やリモートアクセスが多い環境では、VPN
による通信の暗号化が必須です。万が一内部者が不正に情報を持ち出そうとしても、暗号化された通信により被害を最小限に抑えることができます。
レベル3:Webシステムの脆弱性対策
中小企業や個人事業主の多くがWebサイトやWebアプリケーションを運用していますが、これらのシステムに脆弱性があると、内部脅威と外部攻撃の両方のリスクが高まります。
Webサイト脆弱性診断サービス
の定期実施
専門的なWebサイト脆弱性診断サービス
により、システムの弱点を事前に発見・修正することで、内部者による不正アクセスを防止できます。
フォレンジック調査から見た内部脅威の証拠
内部脅威事件の調査では、以下のような証拠が発見されることが多いです:
- 通信ログ:外部との不審な通信記録
- ファイルアクセス履歴:業務上不要なデータへのアクセス
- 外部ストレージ使用履歴:USBメモリやクラウドサービスへの大量アップロード
- アプリケーションインストール履歴:今回の事件のような専用アプリの存在
- 金銭的な痕跡:不自然な収入や支出の記録
これらの証拠を適切に保全・分析するためには、事前の準備と迅速な対応が重要です。
まとめ:信頼だけでは守れない時代
今回の警視庁警部補による情報漏洩事件は、「信頼できる立場の人」であっても内部脅威となり得ることを示しています。組織の規模に関係なく、すべての企業や個人事業主が以下の点を認識する必要があります:
- 内部脅威は「性善説」では防げない
- 技術的な対策と運用管理の両方が必要
- 早期発見・早期対応が被害を最小限に抑える鍵
- 継続的な教育と意識改革が重要
デジタル化が進む現代において、情報は企業の最も重要な資産の一つです。その情報を守るためには、外部からの攻撃だけでなく、内部からの脅威にも備える必要があります。
今こそ、あなたの組織のセキュリティ対策を見直し、適切なツールと体制を整える時です。小さな投資が、将来の大きな損失を防ぐことを忘れないでください。

